1. アクシデントは唐突に







 今年で十八になる彼女、渡瀬は自分と言うモノを客観的に正しく理解している。
 背丈は女性としては平均、体重も平均。スリーサイズは…認めたくはないが、胸の辺りが少しばかり平均を下回っていたりする。だが、それでも。
 己の容姿が、『美少女』に分類されることを彼女は―辟易こそすれ自慢に思うことなど皆無ではあったが―よく知っていた。
 何せ、今までが今までだ。
 靴箱にラブレター、屋上に呼び出しと古風な手はもちろん、最新式ストーカー仕様の盗聴盗撮経験のある(むろん後者はすでに報復済み)彼女は、自分の容姿が与える影響と言うモノを嫌と言うほど理解していた。
 二卵性だった所為で見た目はそれほど似ていないが、それはきっと隣りの双子の妹にしても同じだったはず、だった。なにせ美雪は自分とは違う可愛らしいタイプの少女で、その上見た目とは反したが羨むナイスバディの持ち主だから、盗撮被害は自分の比ではなかったのだ。…その犯人を見つけてネガを本人の前で駄目にする行為に、最近生きがいすら感じている様子を見ていると姉としてはいささかではなく妹の将来に不安を感じてはいたが。
 だから、その時もまたかと思ったのだ。
 ああ、また面倒なことになるのか、と。
 だのに――。
 今、この時。
 下校途中。
 突然妖しげな男数名に囲まれたとき、彼女と妹の反応はものの見事に違った。

「渡瀬、だな」
「そうだけど、それが何――」
ちゃん、ダメ!」

 不信感丸出しの表情と声音で応えたとは対照的に、美由紀は一切相手の言い分を待たずに姉の袖を掴み走り出した。横顔は焦りと、憤りと、それからほんの少しの怯え。

「ちょ、何よ。待ってって、ユキ!?」
「いいから早く!」

 有無を言わせぬ口調に反論を封じられ、続いて生じた一連の出来事には思考回路がついていかなかった。
 双子の妹が鞄から取り出したのが、母が家宝だなんだと大騒ぎしていた宝刀『朱鷺宗』であることも。


『時満ちずして、遠き日の約定は破られた』


 その低い声が、妹のものであったことも。
 気が付いたのは、全てが一段らくした後のこと。


『いまだ覚醒の時を待つ、我が主の身に代わり』


 ただ妹に手を引かれ、走り続ける彼女はその妹の手に握られた抜き身の刀身が、声に応えて赤く光り輝くのを見た。


『我が血に宿る力の全てを代償に、我ここに異界の門を開く』


 唐突に裏路地の行き止まりで立ち止まった妹が、強く握り締めた手を握り返す。
 一体何がこれから起こるのか。
 知らないはずなのに、何故か知っている気がした。


『抉じ開けろ、【朱鷺宗】』


 美雪が真一文字に虚空を切り結ぶ。
 風を切る音。
 常識で考えれば、それ以上のことが起るはずが無い。
 なのに。
 赤い刀身が通った線から、傷口から血が溢れるように漏れ広がる闇は何なのか。

 呆然とするしかないの背に軽い衝撃。
 バランスを崩し、闇に倒れこみながらも、何とか衝撃の原因を確かめようと身を捩る。

「私もあとから行くから、先に行ってて。…感動の再会で怒っちゃ嫌だからね?」

 にっこり笑う双子の妹。
 けれどそのすぐ向うには血相を変えた、殺気すら感じる罵倒を口にする男たちがいる。
 そしてその手には、鈍い金属の煌き。
 駄目だと思った。
 この闇の向うに何があるのかはわからない。
 だけど。
 ここに彼女を一人残していくわけにはいかない。
 手を伸ばした。美雪が望めば届くはずだった。なのに。
 こちらの思いなど知っていたろうに、闇に飲まれつつあるに彼女は大丈夫とただ優しく笑った。

「向う側につけば、ちゃんの知りたがってたことの大半は分かるはず。それにあちらにはもう話はついてるの、…八年前から」

 が掴みたかった手は、代わりに『朱鷺宗』を彼女に握らせる。

「大丈夫、」

 もう一度繰り返した声をは闇の中で聞いた。

「私はちゃんより長生きするって決めてるんだから」
 
――また、私はただ守られるだけなのか。

 意識を手放す直前、そんな言葉が脳裏を掠めた。



    *    *    *



 その時、カカシはいつものようにかつてのチームメイトに今日の出来事を報告し終え、英雄たちの名が刻まれた石碑に丁度背を向けたところだった。
 ざわり。
 森の空気が変わり、風の臭いが変わる。
 ただ事ではない気配。
 しかし、決して不穏なものではない。
 樹木はざわめき、動物たちは何かを固唾を飲んで待っている。
 眉を顰めたカカシは気配の元を探ろうと、枝に飛び移り、森を駆け始めた。

「…なんだ、一体」

 呟きに応えるように、一際強く風が吹き。
 辿り着いたのは、見覚えのある泉。
 目にしたのは、宙空を漂う闇の霧とそこから突き出した、気を失っているらしい少女の身体。
 力の抜けた華奢な身体が徐々に闇の中から押し出されつつあり、このままでは落下は免れないだろう。その姿格好から、里の者ではないのは確か。
 しかし、見覚えの無い顔ではなかった。

「!」

 咄嗟に身体が動いた彼を、待っていたかのように闇が彼女を吐き出し、そのまま掻き消える。
 反射的に受け止めた身体は柔らかく、力を込めれば折れてしまいそうなほど細い。
 記憶にある少女より格段に美しく、女性として成長した少女に、時の長さを感じられずにはおれない。
 慌てた所為で、浅瀬とは言え不覚にも泉の中に着地してしまった彼は、困ったように空を仰ぐ。

(参ったな、年寄り扱いされるわけだ)

 あの幼い少女が、ここまで綺麗になるほど時が経っているのだから。
 金髪の少年にからかいまじりに揶揄されたことを思い出して、軽く溜息。
 吐息を感じた所為なのか、腕の中の少女が身を捩って眼を開けた。
 意志の強そうな瞳だけは、あの日と全く変わっていない。
 ぼんやりと、いまだ状況が飲み込めていないような顔で、彼女は彼を見上げた。
 じっと彼を見上げ、そして。

「もう痛くない…?」
 
 心配そうな表情に、一瞬だけ隻眼を見開いて、彼は「ああ」と頷く。
 カカシは再び意識を手放した少女を連れて、三代目火影の居る館へと踵を返した。



   *   *   *



 夢を見ていた。
 とても、幸せな夢。
 過去にあった、今の今まで記憶の片隅に封印されていた、忘れてはいけなかったはずの思い出の、ほんの一欠けら。
 いつだって一人だった自分、実の父にすら見捨てられた自分。
 そんな自分に、母と同い年の妹が出来た日の幸せな思い出。

 目を覚ませば、そこは知っているはずが無いのに、どこか見覚えのある懐かしい。
 そんな現実だった。




 ここはたぶん病室なのだろうと思う。
 白いベッドに白いカーテン。消毒液や薬の臭い。
 それほど病院にお世話になったことはなかったが、それくらいはわかる。 
 それより問題なのは、窓の外の景色だ。

(…ここどこ?)

 ガラスの向うに見える奇天烈な建築物に、そもそも日本なのだろうかと疑問に思いたくなったが、看板に使ってある文字は日本語だから、一応は安堵する。
 それにどこか懐かしい雰囲気の町並みは、好感が持てる。
 だがその一方で、何故自分はこんなところにいたのだろうと思うと、不安が心に押し寄せてくるのは隠しようのない事実だった。はやく状況を整理せねばと記憶を遡る。
 そんなとき、ノックの音が響いて、間延びした声が聞こえた。

「お。目が覚めた?」

 振り返れば病室の扉を開けた人影が、を見て嬉しそうに笑ってきた。
 珍妙な格好に目を瞑れば、綺麗な容姿の優男だ。
 だが、銀色の髪は百歩譲っておしゃれで通っても(似合っているから別にいいが)、まるで大昔の忍者を髣髴させる服装や、額当てはどうなのだろうと彼女は思う。
 こちらの困惑をどう受け取ったのか、男は背後のこれまたおかしな服装の老人を招き入れ、こちらに苦笑を向ける。

「よかった。外傷も特に無いのに一向に目を覚まさないから、精密検査をするべきか話してたところだったんだ」
「…はあ、すみません。どうもご迷惑をおかけしたようで…あの、ところでいまいち状況がつかめないんですけど…貴方が私をここに?」
「うん。まあね」

 そうですか、と彼女は頷く。
 悪い人には見えなかったから、誘拐とかではないのだろう。

「わざわざ、ありがとうございます。…えーと」

 何からどう訊ねようかと首をかしげて見上げると、ベッドの傍らに立った青年は少し不思議そうに彼女を見下ろした。
 遅れてきた老人が、その様子を見て表情を険しくする。

殿。ここがどこか分かるか?」
「……え。ここがどこかって、どう考えても病院でしょう?」
「どこの国の?」
「………やっぱりここって、日本じゃないんですか?」

 不安に駆られて思わず上半身を乗り出す。
 その答えを聞いて青年も眉を顰めた。彼が振り向くと、老人が一つ頷く。

「ならば、わしの名もわからない。そうじゃな?」
「? だって初めて会ったわけです、し…?」

 そこまで考えて、彼女はようやく老人が自分の名を知っていたことに気付く。

 ふう、と老人が溜息をついた。

「どうやら、いまだ覚醒の時はきておらんようじゃの」

 その言葉に、は思考を止める。聞いたことがある言葉、ついさっき耳にしたばかりの言葉。その言葉を唱えたのは誰だった…?

『私も後から行くから先に行ってて』

 一瞬でもあの状況を忘れた自分が許せなかった。

「三代目。一体これは……!?」

 戸惑った様子の青年は、しかしが突然ベッドを降りたことに気付いて、血相を変えた。
 それ以上に必死な形相で、彼女はつかまれた腕を力一杯引っ張った。

「離して!」
「そんなふらふらの状態でどうする気なんだ!」
「どうもこうも、行かなきゃいけないのよ! でないとユキが!」

 どうやって?
 冷静な声が、そう問うた。

「今のおぬしにこれが使えるとは思えんが」

 そう言って懐から取り出したのは【朱鷺宗】。
 その段にいたって初めて自分がどうやってここに来たのかを彼女は思い出した。
 ここが自分の居た場所でないことも、同時に理解する。
 だが、彼女は決して動揺して時間を浪費するような真似はしなかった。

「返して!」

 噛み付くように手を伸ばす。けれどするりと避けられて。

「それはできん。…おぬしは覚えておらんじゃろうが、おぬしの力は渡一族の中でも特異。万が一暴走でもしたら、おぬしの命そのものが危うい」
「それがどうしたっていうの、それより」
「『それがどうした』? 会わん間に、性格も様変わりしたようじゃな。以前のおぬしなら、自分の命の重さを重々承知しておったはずじゃが」
「―――どういう意味」

 そのままの意味じゃよと、老人が言う。

「記憶のないおぬしを責めるわけではないが、記憶が戻ったとき自分の言動を責めるのはおぬしじゃろうよ」

 睨みあい、暫らくしてようやくは冷静さを取り戻した。
 あの刀を手に入れたところで、どうすれば美雪の元へいけるのかわからない。
 百歩譲って行けたとしても、非力な自分では助けどころか、恐らく足手まといにしかならないだろう。
 冷静になってみれば、あの妹がそうそう簡単にへまをするとも思えなかった。
 大丈夫だと、後から行くからと他でもない美雪が約束したのだから、おそらく勝算あってのこと。きっと大丈夫だ。
 そして彼女が言ったのだ、ここに自分の知りたいことの大半が分かるだろうと。
 ならば、自分がやるべきことは唯一つ。
 自分が狙われた理由を知ること。
 家族と再会するまでに、あの不審者たちの正体を確かめて対策を練ること。
 そして。
 決意を固めた彼女は、青年と老人の顔を交互に見上げた。

「…………私はあなたたちにあったことがある? 私のことを知ってて、私もあなたたちのことを知っていた?」
「おお、よぉく知っておるよ」
「…ああ、知ってる」

 そう、と彼女は頷く。
 意思の硬さを如実に語る眼差しが、二人を射た。

「なら、お願い。私が覚えていない、私のことを教えて欲しいの」

 頭を下げた彼女は、そのままの姿勢で呟いた。

「私が私について思い出したのは、母と妹が遠縁の親戚だったってことと。
 ―――それから、十歳以前の記憶がごっそり抜けてる事実にすら気付かないような、大間抜けだってことだけなの」











 【あとがき】H18.12.01
  これでこの話のストックは終了(早)
  話の流れとか最終的な着地点もおぼろげに決まっているのですが(それは大体ほかの連載にしても同じ)、そこまでがごっそり抜けてたり・・・。
  とりあえず次はヒロインに里の中を歩かせてみようかしらと思ったり。
  住む場所とか衣類とかもいるよねー・・・、どうしよっかな♪(明るく言っても誤魔化せてないよ) 



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