3.灯台裏の見張り小屋にて。『よし、じゃあいくか!』『は?』『…おいちょと待てルフィ!』
(うぅ、オレ…死ぬのか?)
海底に沈み行くチョッパーは、煌く水面を仰ぎながらぼんやりと思う。
ほんの少し視界をずらせば、こちらに向ってくる長く大きな魚影。
小さな的で遊ぶのがマイブームなのかどうかは知らないが、つい先程彼が身を潜めていた樽をその嘴で突き刺し木っ端微塵にしたそいつは、今度は間一髪で逃げ延びた小さなトナカイを標的にするつもりらしい。
やだな、と彼は思った。
(もっともっとルフィたちと一緒に居たいのに…まだ死にたくないよ、ドクター)
それがチョッパーが意識を手放す寸前に考えたこと。
そしてその瞼が閉じるその瞬間、彼は水面に向って焦がれるように伸ばした自分の腕が何かに掴まれたような錯覚を覚えた。
* * * *
石造りの灯台の中は黴っぽい空気と湿った床と壁のおかげで、お世辞にも快適とは言い難かったが、それでも外の嵐を思えば雨風を凌げる分だけ随分とマシなのだろう。
けれどその不幸中の幸いに対して感慨を持てるほど、今の彼らに余裕はない。
「ほんとー、に。今度こそ、死ぬかと思った…」
階段に腰かけて項垂れたまま、息も切れ切れにナミが言うのを聞いて、ウソップが石畳の上で仰向けになったまま答える。
「というより、普通の人間なら死ぬだろマジで。今生きてること自体が不思議でたまらないぞ、俺は。ていうか、本当に俺生きてるんだろうな? むしろ死んでないか?」
本人にはそう大声を出した自覚はなかったのだが、その場にへたり込んでいた四人中彼を除く三人が実に盛大に眉を顰める。
「黙れ。つーかそんなに今の状況が不満だって言うんなら今すぐ望みどおり俺の手でお前の言うところの普通の人間ならではの結末を迎えさせてやろうか?」
壁を背もたれに床に腰を下ろし、けれど決して階段の闇の奥から視線を離さないまま半眼でサンジ。
ノンブレスに抑揚皆無というのが非常に怖かった。
「スミマセン。俺が間違ってました」
命はとても惜しいので、必要以上に卑屈になってウソップは謝罪する。
けれど言い訳じみた言葉が口をついて出るのは、多少仕方のないことだろう。
「けどさ、お前らはまだ舟とかウェイバーの上だったからまだいいだろうけどな。俺なんかなぁ、浜に到着するまで釣り針の先の活餌状態だったんだぞ」
「だったらウソップ、あんたあの魑魅魍魎の跋扈する海をウェイバーで逃げ切れた自信ある?」
上体を起こして言い募る青年に、その背を睨みながら少女が言う。
「いや…そりゃ無理だけど、でも舟の方なら漕ぐくらい――」
「漕いでねぇよ」
苦々しく吐き捨てたのはウソップを挟んでサンジの向かい。壁に凭れて立つ、ゾロ。
「?」
「どういう意味よ、だってあんたたちはあの舟でここまで来たんでしょ?」
あの怪魚に邪魔をされ結局ウェイバー派と小舟派は別の航路を取ってこの灯台を目指した上に、サンジたちのほうが先に到着していたこともあって、ナミとウソップは彼らがどうやってここまできたのかまでは知らない。だがダイヤル式でもないあの舟であの怪魚の森を抜けるには、ひたすら漕ぐしか術はないと思うのだが。
「…ナミさん。あの舟に乗ってたのは俺とそいつと、もう一人いただろ?」
ようやく視線を動かしたサンジは、どこか遠い目で諭すようにナミを見つめた。
「…………あぁ、そっか…ごめん、サンジくん」
事情を察し、ナミは一転憐れむような表情になる。
「…もう一人って、ルフィか? それがどうした………って、あーそれでお前らその傷。――悪い、俺には活餌が順当だった」
「わかりゃーいい」
素直に非を認めたウソップにゾロが横柄に、けれどどこか溜息混じりに答える。
それを階段から下りて来たロビンが見て、首を傾げた。
「何の話なの?」
「あぁ、そのあれよ。ぱちんこの玉も結構大変な目にあってるんだなって話だから。気にしないで」
「そう? まあ、航海士さんがそう言うなら」
「…ロビンちゃん、どうだった?」
サンジの問いに振り返った彼女の手には彼が愛用しているライター。それがほのかに薄闇を照らす。
海に投げ出されたため、その心許ない灯りの下に照らされた皆が濡れ鼠と大差ない状態だったが、この扉を開けてすぐの通路のような場所では火を焚くことさえ躊躇われた。
しかし、かといってこのなだらかだがそれでも光のささない階段は、疲労しきっていた彼らの気力をそぐには充分すぎるもので。
だから比較的に疲労回復が早かったロビンは、先程自らこの灯台内の探索に名乗り出たのだ。
「だめね。たぶんここが一番開けた場所だし、食糧も衣類の類も何もないわ。人の居た痕跡自体がないから、この灯台はもう使われていないんじゃないかしら。それも随分前から」
「そうか、やっぱり。ありがとうロビンちゃん」
「…でもあのって子は、わざわざこの灯台に行けって言ったのよね」
「遠目で見た限りはこの入り江には他に灯台はなかったもの。だから間違いはないでしょうね」
「じゃあ、この嵐が収まっても迂闊に村を探しに行くってわけにも行かないか」
がっくりと再び項垂れてナミは言う。それにチョッパーの無事が確認できるまでは、あまり動きたくはない。
「けどさー、ここに着いてからもう一時間近くだぞ? いい加減遅くないか、あの小僧」
誰もがうすうす感じつつも、言葉にしたがらなかったことを不承不承仕方ないといった態でウソップが言い、自分の真正面にある扉を見つめた。ナミもロビンもその背越しにその古めかしい錆のこびり付いた鉄扉を見る。
「大丈夫だろ。あいつは誓うって言ったんだから」
沈黙を壊すように、ロビンの背後で階段を下りる足を止めた船長が呟く。
「自分の心臓だって言うモノをおれに預けてまで」
その言葉を噛み締めるように海賊たちは沈黙した。
今はその言葉を信じて待つより他はない。
「…ってルフィ、あんた今までどこ行ってたのよ? あんたロビンと一緒に上に行ったんでしょうが」
「わりぃ。だって、ここ便所ねえんだもん。しかたねーから、てっぺんの窓でやってきた」
「あー、もう! レディの前なんだから、もうちょっと言葉を選びなさいよ!」
頭を掻き毟るナミ。反対に同じレディであるはずのロビンはてっぺん、と口の中でその単語を復唱する。
彼女が見た限り窓があったのは(ガラスも入っていないぽっかりとあいた大きなそれを窓とよんで差し支えがないのなら)一箇所だけ。
「船長さん、もしかしてあの吹きさらしの最上階に出たの?」
「おお! もーちょっとで風で飛ばされるかと思ったけどな」
でさ、とルフィはにししと笑う。
「ここの灯台の真後ろに小屋があったんだ。だからおれ、ちょっくら見てくるわ」
さっきまでの真面目な顔はどうしたよ、と船員たちが心を一つにしたそのときを見計らったようにドンドンと扉を叩く音が灯台内に響き渡った。
一番動きやすい位置に居たゾロが、ドアノブを引いてやる。
そのとたん。
「みんなぁ〜! 無事だったか、このヤロー!!」
大きな荷物を背負い、雨合羽を着込んだ小さな二本足のトナカイが泣き笑いの表情で飛び込んできた。
* * * *
その頃、はと言うと。
灯台の裏手、物見矢倉のように高い位置に建つ小屋の中、腕を組んで唸っていた。
とっくの昔に着替えはすませたので、紺のシャツと、今まで穿いていたオーバーオールの同型のより色の濃い染色のズボン、帽子はなくしてしまったので、今はバンダナ代わりにタオルを巻いている。
「さて、どこから片付けようか」
人一人が暮らしていくには充分すぎる設備と広さを兼ね備えている、この小屋の現状ははっきり言ってしまえば汚いの一言に尽きる。
生ゴミは捨てているし洗濯もきちんとしているので、不潔なわけではないのだが、大嵐が来て村長宅に転がり込む前はちょうど資料集めに没頭していたので、かなり物が散乱しているのだ。机の周りは本の山、それから旧式のオルガンの周りにはペンと紙くずがそこかしこに散乱し、足の踏み場があるのは寝床と食事スペースくらいのものだろう。
このままではどんなに工夫しても、ここに八人の人間が集まるのは無理だった。
ふ、と息を吐いてはとりあえず本を本棚にしまうことにする。…入りきらない分は、壁に寄せて積もう。嵐は見るからに収まりつつあるし、いつも大時化のラストを飾る嵐は大して長続きしないから、あともう一時間もすれば雲の間に綺麗な青空が覗くはず。そうすれば、言い付けどおりチョッパーは仲間を連れてくるだろう。
だから、それまでにどうにか足の踏み場を作らなければ。
そう思いつつ本の山を崩し始めた矢先。
「ん?」
自分しかいないはずの小屋の中、おかしな音が聞こえる。
「……」
その音の正体に思い当たったは、ポンと納得したように手を打った。
「ああ、そう言えば」
この小屋に篭もると、どうも音信不通になりやすい自分を危惧した顔なじみの藪医者が、買って寄越したのを忘れていた。
いそいそと音の発信源と思われる本の山を掻き分けると、干からびかけている上に、痩せこけてしまったカタツムリと目がかち合う。
なんだか明け方と立場が反対だな、と。
口元に引き攣った笑みを浮かべ頭の隅でちらりと思った。
海軍の旗を掲げた、遠巻きに真っ黒な雲を眺める船の一室。
電伝虫がアルトの、取り付くしまもない調子の声で言った。
『悪いけど、いまいちおっしゃる意味がわからないな』
先程まで会話を交わしていた村長とはまた違った意味で食えない、飄々とした声音。
散々その話法でこちらの神経を引っ掻き回した挙句、自分では判断しかねるからと村長が受け継いだ相手がまだ成熟していない若かい声だったことに、思わず安堵してしまった自分が愚かだったのだと、その瞬間彼は理解した。
肩を落とした彼とは正反対に、彼直属の部下は激昂している。馬鹿にされていると思ったのだろう。そして彼の推測はきっと正しい。
「貴様! 事態が分かっているのか!?」
『君よりは分かってるけど? つい先日、君らの管轄内であるリーバスに賞金首の海賊が滞在していたことが判明。で、慌てて追いかけてきたら、どうやらその海賊たちはこの島に入ったらしい。君らは今すぐにでも彼らに飛び掛りたいところだけど、今は大時化でうかつに近づけないし、何より上層部からはこの島に関わるなとのお達し。だから君らは泣く泣くこちらに海賊捕縛の協力要請をしている、と。まー、そんなところだっけ?』
「そっ、そこまで分かっていながら…!」
『あのねー、一億ベリーの賞金首なんて小市民にお相手ができるわけないんじゃないかな、普通は。まあ、確かにうちの島民はそこらのヘタな海兵よりは強いけど』
完全に絶句した部下に代わり、彼は弁明する。
「いや。流石にこちらも、貴方がたに麦わらの一味を捕縛してくれとまでは言うつもりはない。それは我らの仕事だからな。ただせめて、彼らの様子…どうされた?」
バサバサというノイズに思わず彼は問う。
『ん? あー、気にしないで。急な客が来て、こっちも何かと忙しいんだから』
「…そうか」
『そうなんだよ。それでせめて何だって?』
「……あ、あぁ、そうせめて麦わら一味の様子を探ってくれないか」
『様子?』
「どんな些細なことでも構わないんだ、例えば」
『例えば、誰それはピーマンが嫌いとか?』
「い、いや」
「ぐ、愚弄しているのか貴様!」
『愚弄はしてないよ。馬鹿にしてはいるけどね。ああでも、つまりは苦手なもんとか弱点が知りたいってことなんだろうから、あながち間違ってはいないと思うけど? それと、あとはその海賊がいつこの島を出るか、とか辺りかな?』
「ああ。そういうことを調べてもらえると我らとしては大変有難い。だが無理強いするつもりはないんだ。むしろ奴らを島から閉めだしてもらった方が、我らとしても君らとしても憂いはなくてすむだろう」
『憂い、か。まあ確かにそれが一番手っ取り早い手段だろうね』
「だろう?」
ようやく話を了解してもらえたという安堵の声で彼が話し掛けると、今度はカタツムリが長い長い溜息をついた。
それから暫らく沈黙する。
「………なるほど」
「???」
『そうか、そういうこと。あー、海軍からの通信って聞いた時点で理解しておくべきだった。――ねぇ、そこの偉い方の人。さっきから偉そうな口だけ利いてる奴じゃないほうの人だよ』
「……っ」
「落ち着きたまえ、ティム。…それは私のことなのかな?」
『うん、そう。ついでに言っておくとできれば、そのティムくんにはちょっとの間黙っててもらいたいんだけど、いいかな。じゃないといつまで経っても話が進まない』
「わかった」
抗議したげな部下を何とか瞳で黙らせて、不承不承了承する。
『それと確認。君らはこの海域に派遣されて、一年? それとも半年?』
「…私は六ヶ月、部下は四ヶ月だ」
何故そんな事を聞いてくるのかとは思ったが、根が正直者の彼は素直に答えた。やっぱりねとでも言いたげな溜息。
『こりゃあ、コーンパーンズさんにはあとで文句言わなきゃなぁ。新人教育がなってなさすぎる。しかもこんな新人を留守居役にするなんて…あの人いつ本部から帰ってくるの?』
「!」
「…なぜ」
『その名が出て来るかって? それともどうして大尉の不在がわかったか、かな?』
声は苦笑したようだった。
『そりゃあ、あの人とは付き合い長いもの。あの人が居たらこんな無意味な通信に、余計な手間を取られることもなかった』
「無意味?」
無意味だよ、と更に声は苦笑する。
『そんな要請をこの島にするのはね。初めに言ったはずだよ? いまいちおっしゃる意味がわからないって。上層部の言ってる【関わるな】って言葉は、君らが考えてる程軽い意味じゃあない』
「一体何を言っているんだ、貴様は?」
ティムが思わず尋ねれば、それくらいは自分で調べようよと軽くいなされる。
救いを求めるように見つめられて、彼は気の進まない様子で口を開いた。確信はない。けれど思い当たることがないわけでもなかった。
「…貴方はもしかして八年前のことを言っているのか」
『なんだ、知ってるんじゃない』
「書類で見ただけだ。けれど、どうしてそれが今に関係するんだ?」
『何もね、関わるのは止めようって決めたのは、そっちだけじゃないってこと。海軍だから正義、海賊だから悪。そんな風に決め付けるのは馬鹿のすることだってことは、五年前に嫌って言うくらい思い知らされたから。だから、そっちもうちと無理に関わるのは止めたんじゃない? あれはかなり後ろ暗いだろうし』
「貴方たちは今でも海軍を怨んでいるのか。だから、協力はしないと? けれど、相手は凶悪な指名手配犯だぞ」
『…君、よく【石頭だね】っていわれるでしょ?』
その通りだったので、彼は黙った。
『だからね、そういう判断の仕方はあのときから止めたんだよ。賞金が一億だろうと十億だろうと、階級が何であろうといくつ勲章持っていようと関係ない。島に入れても大丈夫か、放り出すべきなのか、むしろお宅らに突き出す方が世のため人のためなのか。それはその相手に会って話して自分たちで決める。そう、みんなで決めたんだ』
八年前のあの日に。
「…そうか」
『何?』
「貴方たちは我らを恨んではいないが、信用してもいない。ようは、そういうことなんだろう?」
自嘲気味になったのは、先日件の上司より預かった書類の内容が頭の隅にあったから。少し想像してみれば、すぐに分かったはずだ。あの騒動を思えば、あの島の人間に海軍を【信用】しろという方が無茶なのだから。海軍の協力要請になど答えられる筈もない。彼らが愚かでないのなら尚のこと。
『…そうとも言える』
案の定の肯定。
『でも、君は一つ誤解してる。この島の人間が信用していないのは海軍だけじゃない。海賊も、商人も、旅人も、たぶんどれ一つ信用してなんかしてないんだから』
するわけにはいかないんだよ、と声は言う。
『もうあんな思いをしないためにはね』
「あ、いらっしゃい」
チョッパーがノックをして扉を開けると、カタツムリの前に水と山盛りの葉っぱの入った皿を並べながら小屋の持ち主は振り向いた。部屋は先程チョッパーが連れてこられたときよりは断然片付いている。しかし、それよりも。
「! おま…もがっ!?」
つい叫んでしまった彼の口を、はコンマ二秒で距離を詰め塞ぐ。
続いて扉を潜ったナミ、ウソップはもちろん、続いて階段を登ってきた戦闘派の残るメンバーですら目で追えなかったその動き。
「はいはい。ご苦労さま。でもあんまり大声出さないで、チョッパー。さすがの体力自慢のさんも、今回ばかりはかなりクタクタなんだから」
うんうん、とチョッパーが慌てて頷いた。息ができないのか半分涙目だ。
「よし。じゃ、まあ立ち話もなんだから、上がって上がって。そっちも聞きたいことはあるだろうし、こっちも訊かなくちゃいけないことが山ほどあるから」
チョッパーを解放し、は笑顔で麦わらの一味を招き入れる。
「さて、みんなコーヒーでいいのかな?」
部屋の中央に置かれた大きな座卓に案内しながらの問いに、メンバーはそれぞれ返答を返した。
「ええ、ありがとう」
「ごめんなさい、気を遣わしちゃって」
「あー、悪い。手伝おうか?」
「いいよ、いいよ。気にしないで、君らはそこに座ってて」
「おれ、酒!」
「あっ、俺も俺も」
「…ジョッキ」
女性陣プラス紳士の答えはともかく、は後半の返答者に微笑を送る。
「そう、よかった。みんなコーヒーでいいんだね?」
麦藁帽子の青年と三本の剣を持つ青年は、オレンジの髪の少女が。
長鼻の青年は金髪の青年が黙らせる。
それを先程とは温度の違う苦笑で見つつ、は台所の方へ足を向けた。
「オレ、手伝う!」
「いいって、チョッパーも座ってなよ。君も疲れてるでしょ」
「大丈夫! それに…一緒にやった方が速いだろ?」
言葉を濁したチョッパーに仕方ないなというようには肩を竦めた。台所へ向かう背中を、小さなトナカイが小走りになりながらついていく。
それを見送っていたナミが、興味深そうに呟いた。
「チョッパーがめちゃくちゃ懐いてる」
「そりゃ、命の恩人だし。まー、別にいいんじゃね? 見ず知らずの俺らに着替えまで貸してくれるんだから、悪い奴じゃねーのは確かだろ」
チョッパーが担いできた荷物の中身は、大半が彼らの着替えと食糧だったのだから。
「だなー。むしろいい奴?」
「そうね。とりあえず、海賊だってことは承知で助けてくれたようだし。必要以上に警戒する必要はなさそうだわ」
「わからねーぞ? 賞金目当てってこともある」
頷く一行の中、ゾロだけが難色を示すが、サンジがそれを睥睨した。
「バカかお前。どこの賞金稼ぎが、命がけで賞金首を助けるっていうんだ?」
「誰がバカだ。せっかくの賞金首が魚の餌になっちまったらもともこもねーだろう」
間に挟まれたウソップが、自分を挟んで飛び散る火花を怯えつつ見守る。
睨みあいを制したのは、サンジ。
「自分が死んだら、それ以前の問題だがな」
「……」
確かに、とゾロも思う。
あのとき、嵐が止んだのはただの偶然。
もしあのまま雨も風も止んでいなければ、あんな小さな小舟で沖に出るのは無謀すぎたはずだ。
しかも目的の人間たちは生きているか死んでいるかも分からない、そんな状況。
「もしね、あの子が賞金稼ぎなら。そこまで危ない橋を渡るのはちょっと割りにあわないんじゃない? それにそもそも、よ? 確かになかなか強いみたいだったし、地の利もあるのかもしれないけど…、あの深海魚もどきをものともしないくらい強さに自信があるなら、あの場で私たちを襲った方が手っ取り早かったんじゃないの?」
「何にせよ、あの小僧のおかげでチョッパーが命拾いしたのは確かなんだぜ。あんまり、つんけんすんなよな、ゾロ」
ナミとウソップの言葉に、そうだそうだとルフィも頷く。
一斉に仲間から非難され、ゾロはちっと舌打ちしあさっての方を向いた。
一方、口げんかの勝者はというと。
「ナミさん、やっぱ俺も手伝ってくるわ」
出しかけていた煙草をテーブルに置いて立ち上がり、とチョッパーの背が消えたドアに向う。
ウソップが珍獣を見るような目つきでその背を見た。
「…どうしたのよ、ウソップ」
「いや、めずらしくね? サンジがナミとロビン以外のことで自分から動くなんて」
「あれ。そーいえば」
間に陣取っていたコックが席を立ったので、二人は顔を近づけひそひそと言葉を交わす。この場に残っているのはキングオブマイペースな人間ばかりなので、邪魔は入らない。
「でもほら。やっぱり、実はわたしとロビンのコーヒーは自分で煎れなきゃっていう使命感に駆られた、とかじゃない?」
「あー? そーかぁ?」
それならそうで、もっと態度に表れそうなものだが。
あれはたぶん、本人意識せずに動いていたような気がする。
(ん? そういえば、こういうこと前にもなかったか?)
思ったが、開け放されたままのドアの向うからのコーヒーの香ばしい香りに、ウソップはそう疑問に思ったことすら忘れてしまった。
* * * *
「おい、小僧」
突然そう呼び掛けられて、は面食らった。
「ゾロ、ちが――」
あまりに不躾な物言いを諌めようとしたのか、チョッパーが口を開きかける。
しかし、それよりも先には思わず吹き出した。
「っあはははは! 小僧に小僧扱いされる日がくるとは思わなかった!」
「なっ」
腹を捩じらせて笑うに、さすがのゾロも顔を引き攣らせた。
「――怒らないんだよ、元海賊狩りのゾロ」
目尻に浮んだ涙を拭いながら、先ほどの大爆笑が嘘のように真面目な声音で言う。
「先に失礼な態度を取ったのは、誰だったのか。その答えは明白じゃないかな? まあそんなことはどうでもいいことだけど…それで? 初対面同士だから自己紹介を求めて、ついでにこの島に来るに至った経緯を教えてもらいたいという話の、何が気に入らなかったのかな、君は」
些か予想外なライトブルーの眼光の鋭さに一瞬怯みはしたが、ゾロはテーブルの向かいを親の敵のように睨んだ。
それには内心、微笑んだ。威勢がいい人間は嫌いじゃない。
「全部だよ。てめぇは俺らに名乗れって言うが、お前は俺らのことを知ってるだろうが」
「知ってるよ、少なくとも三人はね。モンキー・D・ルフィも、ロロノア・ゾロも、ニコ・ロビンも、それぞれにかけられてる賞金額だって把握してる。一応、職業柄、賞金首の名前と顔は覚えておくことにしてるから。でもね、知ってるのは名前だけ。自己紹介って言っても、挨拶代わりみたいなもんだし本当に知りたいのはそこじゃない。肝心なのは君らがどういう人かってことなんだけど?」
「…そんなもん知ってどうする。それに、お前俺らだけに名乗らせる気か?」
吐き捨てたゾロに、小首を傾げる。
「もしかして、警戒されてる?」
尋ねられ、ウソップはひらひらと手を振る。
「つか、そいつのは半分八つ当たりだから。あんまり気にしなくていーぞ」
「そう? まあ、彼の言い分にも一理はあるから…。そうだ、船長さん。そろそろピアス返してもらってもいい?」
「おう、ほら」
コーヒーのマグを横に避け、ほいと渡された蒼いピアスを受け取って、安堵したように微笑んだは、右耳に付け直しながらゾロの目を見る。止め具を嵌めて。
「君らをどうするつもりもないよ。…とは言えないか。全ては君ら次第だから。でも、確かに君の言う通り人の名前を尋ねるときは、まず自分から名乗らないとね」
さっき名乗ったときは切羽詰ってたし、自己紹介って雰囲気でもなかったから仕切り直しだと。その顔には悪戯を企んでいる子供のような笑みが浮んでいる。
「ぼくの名前は・。小僧みたいななりだけど、これでもこの島の警備隊の人間だよ。因みに、君らにこの島への航路を教えたオーナルとは知り合いだ。で、その腐れ縁の知人から明朝に『この大時化にこの島に向って船を出したバカがいるから、助けてやってくれ』って泣き付かれたからこの状況があったりするわけだけど」
「……それで『こいつら』扱いか」
ゾロが独り語ちる。実は彼がを気に食わなかったのは、初対面時の印象の悪さが尾を引いていたのも大きな一因だったりした。
「あのね。心地よく寝てるのを邪魔されて、しかもこんな理由で呼び出されたら普通腹が立つでしょ。それとも何。剣士くんならあの状況でようこそって笑顔で出迎える?」
「…いや」
というか、助けにいこうとするかも微妙かもしれない。
あそこであのまま喰われて死んだとしても、完全な自業自得だろう。少なくともルフィに関しては。
「じゃ、ま。彼も分かってくれたみたいだし、お名前教えてもらえるかな?」
全員の顔を見回したに、今度は異論は返らなかった。
* * *
「じゃ、君からどうぞ」
「おれか? おれはモンキー・D・ルフィ!」
「麦わら海賊団の船長さんね」
「おうっ。夢はでっかく海賊王! …自己紹介って他にどうすりゃいいんだ?」
「うーん。一般的には趣味とか特技とか好きな食べ物とか言うんじゃないかな。あとは…、ほら特技とか必殺技とか?」
「必殺技かぁ、じゃー『ゴムゴムのぉ』――ふぐっ!?」
「さ。次は私ね、」
「え、うん。でも先に船長さんを放してあげたほうが…」
「……ナイスプレー、ナミ」
「ナミよ。一応この船の会計係もしてるけど、本職は航海士」
「航海士さんね。貴女も必要があれば戦ったりするの?」
「棒術を少々。ま、海賊だからね。えーそれから」
「趣味は貯金とへそくりなのよ」
「……ウソップ、こんどじっくり話し合う必要がありそうね」
「あー、次の人どうぞ」
「ロロノア・ゾロ」
「…それだけ?」
「三刀流剣士だ」
「……ご協力、どうも。えと、お隣りの人どうぞ」
「ニコ・ロビン。歴史学者が本業よ」
「ロビンさんも悪魔の実の能力者、だったかな?」
「ええ。こちらから、質問しても? 警備士さん」
「でいいよ。もちろん、どうぞ」
「あら。なら私もさんは要らないわ。…船医さんから聞いた話だと、船は回収しなくても大丈夫ってことだけど、本当に?」
「うん、問題ないよ。人が乗ってないなら、あいつらは襲ってこないし、何より大時化も収まってきてるしね。船は放って置けば、ちゃんと港に着くよ」
「マジかっ!?」
「うんマジだよ」
「よかったぁ、じゃあどれくらいで着くんだ?」
「潮の流れ次第だけど…明日の朝くらいかなぁ。…えぇと?」
「あ、わり」
「ウソップだ。キャプテンウソップと呼んでくれ」
「キャプテン? あれ、でも」
「真に受けなくていいぞ。こいつはただの狙撃手兼大道具だ」
「サンジだまれ。、俺の言うことが信じられないか? じゃあ仕方ない、取って置きの話をしてやろう。これはそう、グランドラインに入ったばかりの…」
「あー…」
「次は俺か」
「お願いします」
「サンジだ」
「さっきはどうも」
「あ?」
「いや、結局コーヒー煎れるの全部やってもらっちゃったし」
「あぁ、別に。あれくらいは本業の内だ」
「…本業?」
「! サンジは一流のコックなんだぞ」
「へー。じゃあ、オムレツつくれる?」
「そりゃあ、まあ」
「じゃ、あとで昼ごはんに作ってもらってもいー? 手伝うし、材料は好きなように使っていいからみんなで一緒に食べよう」
「それはいいが…、こいつらかなり食うぞ。いいのか」
「うん、まー食糧庫にある分は好きに使っていいよ。どうせ、そろそろ買出しには行かなきゃならないし。て、ことでよろしく」
「わかった」
「じゃー、最後だね。チョッパー、どうぞ」
「お、オレもか?」
「もち」
「えー、トニートニー・チョッパー。医者だぞ」
「くぅ、かわいい」
「し、?」
「あの仔にもこれくらい可愛げが在ればなー」
「???」
「あ、いやこっちの話」
* * *
「さて、じゃちょっと待っててね」
一通りの自己紹介がすんだ後、は事務机の上から発掘してきた紙切れの上にペンを走らせる。きっちり七枚分、書き上げた後にそれらを一人一人に配った。
「はい、どーぞ」
「何、コレ」
「???」
「『ロロノア・ゾロ 麦わらの海賊団所属 剣士 ここに上の者のタツミヤ島上陸を許可し、その間の彼の者の一切の行動の責任を私、シィナ・が持つこととする』 …どういう意味だ?」
「何って上陸許可書。まあ身分証明書みたいなもんかな?」
首を捻って答えつつ、ぐるりと一人一人の様子を眺め
「それ、無くさない様にね。午後一で役場に行ってそれを見せれば、短期滞在許可のバッチが貰えるから、それまでは絶対に」
最後にと目のあったナミが、疑問を口にする。
「上陸許可書…ってそんな大げさな」
「はは、それはよく言われる」
けどまぁ、と苦笑しながらは残りの紙切れとペンとを片付けた。
「郷に入らば郷に従えって言うでしょ。それに、うちの島も無意味にこんな決まりを作ったわけじゃない。やっぱりね、いろいろあったんだよ」
「いろいろ?」
「そう。いろいろと、ね」
かわいらしく首を傾げたチョッパーに、はどこか遠い目をして答えた。
【あとがき】 H18.11.26
というわけで自己紹介篇でした。
今更だけど人数多いよ、麦わら海賊団。とりあえず、一番とっつきやすいチョッパーから味方にしてみました(管理人の趣味とも言う)。
だってかわいいじゃない!!(聞いてないって)
次の話から今回以上にオリキャラがざっくざくですよ〜。