5.人魚姫はいずこへ   「なあ、まだかー? 人魚姫はー?」







 ナミが詳しくこの島に来た経緯を説明すると、リードは何故か爆笑した。

「ああ、成る程!」

 だから、あいつあんなこと言ってたのか。
 訳のわからないことを言って、大層すっきりした顔をした彼は、その後業とらしく顰め面を作って、ともかくと町へと続く小道を指した。

「役場に行って、滞在許可をもらうことだ。それから『亀の甲羅』っていう食堂に行ってみろよ。場所は役場の主に聞けば教えてもらえるはずだから」

 それから、意味ありげな顔になって言う。

「そこに行けば、我らが人魚姫に会えるはずだぜ? 絶対にな」

 ぱちんとウィンク一つ。
 気ざったらしい青年の行動に女性陣は呆れつつ、男性陣は引きつつ、彼の言葉に従い検問所を後にした。




――その背中が木立に消えるまで見送って。


 直後、彼は詰め所に駆け込み、呆気に取られた顔で自分を迎えた部下たちに声を張り上げる。

「おい、お前らっ。まぁた、狙いのお客さんだぞ! しかも! あの麦藁の一味で、上陸許可は隊長御自らときたもんだ。こりゃあ、大穴もありうるかもだな! ――ってことで、いつも通り一口二百。金はあとで会計担当まで持って来い。さあ、まずは第一本命『今日中に隊長にたたき出される』賭ける奴は手ぇ上げろ!」

 一瞬にして喧騒に包まれた詰め所の片隅で、先程むりやり賭けの配当を任せられた隊員一小柄な会計担当の隊員はがくりと肩を落とした。

「副長…ばれたらきっと、隊長に半殺しですよ?」

 その隣りに座っていた、たった一人喧騒に混じらない大柄の男がぼそりと呟いた。

「半殺し、ですむのか?」

 司会進行をさっさと部下の一人に押し付けたリードは、その言葉に軽く肩を竦め。

「ばれなきゃ、ヘーきだろ」
「どこからそんな自信が…大体、本当にいつまでもばれないと思うんですか」

 その言葉に、微妙に困ったようにリードは笑う。
 実は思っていないからだ。
 かと言って彼の性格上、こんなに面白いことを放って置けるはずもなく。

「ま、命乞いのための言い訳が思いつくまではばれないように、カミサマにでも祈っておくさ」

 そんな図々しい祈りを神が聞き遂げる訳がなかったのだと、彼が自責の念に駆られるのはあともう少しだけ未来のこと。



    *    *    *    *



「ここだ!」

 きらきらと目を輝かして小さなトナカイが叫んだ。その隣りには同じく船長。

「ふえー、ここが『亀の甲羅』かー。案外普通っぽい店だなぁ――いっ!」

 感心したように一軒の木造の店を見上げるルフィの頭を、ゴインと殴りつけたのはサンジだった。

「店の前ででかい声だすんじゃねーよ、営業妨害だろが」

 ぶちぶちと文句をつけるその顔はかなり不機嫌である。と、いうのも。

「くっそー、何で俺が野郎の面倒なんかっ」
「落着けサンジ、しゃーねーだろ。役所みたいな場所でこいつらが大人しくしてられる訳がないし、かといってこの二人だけ野放しにしとくわけにもいかねー」

 トラブル生産機だからな、とウソップが宥めるように言う。

「だったら、付き添いはお前だけでいいだろうが」
「…チョッパーだけならまだしも、俺にあいつが止められるとでも?」
「……だったらマリモでも連れてくればよかっただろう」

 サンジが言うと、わかってないなと横柄な仕種でウソップは首を振る。

「あいつは基本集団行動に向いてないからな。下手をすれば、迷子探しなんつーいらんことまでしなきゃならんようになる。それに」
「…それに?」
「このメンバーで先に行けって言ったのは、ナミだぞ」
「おおっ、さすがナミさん! 無駄の無い、すんばらしぃ〜チョイスだ。俺はあなたの期待に応えて見事この馬鹿どもを押さえてごらんに見せましょう!」

 明後日の方向へ、ハートマークになった目を向けて両手を広げ叫ぶ青年が一人。
 瞬時に手の平を返したサンジに、ウソップはこっそり溜息を吐いた。
 ナミがサンジだけでなくウソップまで二人の付き添いにしたのは、この見事なまでのフェミニストぶりのせいなのだが、本人に知らせるべきなのだろうか。

「おーい、二人とも入らないのか? あ、ルフィ待ってー!」

 意味もなく空を仰いだウソップの背後で、からんからんと扉につけられていた鈴が可愛らしい音を立てた。






「よし。書類は全部渡ったようだな」

 でん、と迫力満点の効果音つきの形相で、執務机の椅子に座った老婆はのたまった。

「しかし、よかったのか? 他の奴らはともかく、あやつはあれでも一応キャプテンなんじゃろーが」

 客用ソファに座ったナミは、隣りのロビンと向かいのゾロと視線を交し、疲れたように項垂れた。よかったのかと聞かれれば、あまりよくはなかったのだろうが、先ほどまでのルフィの調子を思えば、こうするよりなかったとしか言いようが無い。

「まー、あの調子で『人魚』『人魚』と騒いでおれば、話をちゃんと聞いてもらえたとは思えんからこちらは構わんけどのぉ」

 ふぉっふぉっふぉ。
 こちらの心中を覗いたかのようなタイミングで、そう笑った老婆の名をオト。
 島の長、延いては村長だという彼女は、曲がった背中を心持ち反らして、ナミたちを見回した。

「それでは、諸注意を伝えよう。残りの船員たちには、くれぐれも嬢ちゃんたちから伝えておいてくれるようにな。なんせ破れば罰金ものだ」

 おどけたように言う彼女にナミはそれはそれは真剣な顔で頷く。

「ええ、それはもう」

 罰金など払ってなるものか。
 誓いを胸に、彼女は手元の紙片に目を落とす。

― 一、島民を除く全ての者は、上陸及び滞在許可の証を手放すべからず。

 朗読したオトは、親指と人差し指の間に挟んだ飴玉大のピンバッチを翳して見せる。
 蛇のような体躯と鳥の様な四本の足、馬のように長い顔と鬣に、鹿の角と口から覗く牙。
 獰猛さと神聖さが同居する容貌のその獣が中心の石を抱えるような図で刻まれた、そのバッチはから渡されていた上陸許可の証書と引き換えに、この役場で渡されたもの。
 現にナミとロビンの服の裾や、ゾロの腰布にそれはつけられている。
 先に『亀の甲羅』亭に向った四人も、それぞれ自分の服の見えやすい場所につけているはずだった。

「これを渡したときにも言ったが、何があってもこれは外さんように。極端な話、これを持たずに街を歩いているだけで、警備の者に拘束されかねん」

― 二、上陸許可の発行には、島民の保証人が必要。

「保証人?」
「そう。海賊の場合は警備隊全体がその保証人になることが多いんじゃが、お主らの場合はじゃな。しかし、お主らは運がいい。普通海賊は、特に賞金首が居る海賊団になれば上陸許可が下りるのは食料調達に必要な人数くらいで、他は船で留守番、なんつーことになるんじゃがの」
「へー、そうなんだ。でも私たち、船から放り出されちゃってるし」
「そうね。留守番は無理だわ」
「それなら普通は警備隊の監視がついて、数箇所の小屋に分けて押し込められる。この場合、ワシが言った『運がいい』というのはお主らが最初に逢うたのが、じゃったということじゃ。個人で七人もの人間に上陸許可を出せるのは、この島ではあやつだけだからの」
「…どういう意味だ」

 眉を顰めたゾロにオトは紙片を見るよう仕種で示す。

「ほれ、三番目にかいてあるじゃろう?」

― 三、被保証人がこの島に滞在する期間、その行動の責任は保証人が担う。

「行動の責任って…?」

 首をかしげるナミに、老婆は軽快に笑ってみせる。

「行動の責任は責任じゃよ。お主らがこの島で問題を起こせば、全部にかかってくるってことじゃし、今の状態で言うなら、当面のお主らの飲み食いその他の面倒は、全部もちになる。だからまー、無理にとは言わんが後でちゃんとあやつに礼はしてやってくれ」
 無くても、あやつは気にせんだろうがな。言う老婆は、件の小柄な警備隊長を思い出して溜息をつきたくなった。
―― まったく。あれはいつだって厄介ごとを厄介なときに抱え込むのだから。
 何も、このややこしい状況で、こんないろんな意味で厄介そうな者たちを拾わなくてもよかっただろうに。

(まあ、あやつのお節介も今に始まったことじゃないが)

 もう少しくらい、自分の置かれている状況を考えてくれと叫びたくなる。
 思いながらも、そんなことは尾首にも出さずオトはひたりと視線をナミに向けた。

「それから、これは何もお主らがそうだというわけじゃあないが一応言っておく。この行動の責任と言う言葉には、上陸許可を持った者が島に害意を持ったときにも適応される。要は、余所者が島で暴れようものなら、その始末はそいつに上陸許可を与えたものがせねばならんということじゃな」

 老婆は机の上の湯飲みを持ち上げて、一口すすり。

「だから実際、さっきも言いかけたが個人で出せる許可人数はたかが知れておるんじゃよ。もしもの際、確実にその責任を持てる場合でしか島の者たちは上陸許可を出せんからの」

 その台詞の意味するところを理解して、ナミはロビンやゾロをちらりと見やる。
 ゾロは見るからに気分を害したようだし、ロビンはどこか面白そうに目を瞬かせている。

「…ということはつまり?」
「あいつはそのもしもの際、俺らを倒せるつもりなのか」
「…まあ、そうじゃな。だが、それだけでもないだろうよ」

 こちらの思いを読み取ってか、あくまで曖昧にオトは言葉を紡ぐ。

「それも確かにあるじゃろうが、それだけならあやつは警備隊長の身分でお主らに許可証を出したはず。しかし実際に主らが持っていた証書に書かれてあったのは『』という名のみじゃ。ということは、どちらかと言えば主らがこの島に害意を持つことはないと判断したんじゃろ。……他の人間なら、そう思ってもこれだけの人数の許可を出そうとした時点で周りに止められるんじゃろうが、あやつはそれだけ実績があるから」
「実績?」
「ああ。あやつは昔、海軍の一個中隊と総額三億ベリーの海賊団をまとめて一人で叩きのめしたことがある」

 さらりと言われすぎて、一瞬ナミは彼女が何を言ったか理解できなかった。






 賑やかな店だった。
 採光も良い間取りで、外観よりも中は広い。店の奥に調理場があるつくりのようで、カウンターには酒のビンがずらりと並び、そのカウンターの横にはちょっとしたステージと、立派なピアノが備え付けてあるのが客の頭越しに見え隠れしている。カウンター席はもとより、十数脚の円卓もほぼ満席に近いようだ。

「いらっしゃいませー、何名さまですか?」

 けれど、扉を開けて一番。
 サンジを(正確にはプラス他三名を)出迎え、魅了したのは天女の微笑みだった。

「――失礼、レディ。お名前をお聞きしても?」
「え、」

 秒速で詰め寄られ、料理の乗ったお盆を持つ手にそっと手を添えられて、店員らしき少女は困惑げに表情を固くする。
 恐らくはナミと同じ年頃だろうと思われる彼女は、黒髪にはしばみ色の瞳の、天女のように整った顔立ちをしていたから、麦藁海賊団のメンバーはいつものことだと諦めて勝手に空いている席を探し始めた。

「ああ、困惑するさまも何てお美しい。そんな細い腕には辛いでしょう、僕がお持ちしますから。さあ、どの席の注文ですか? 出来ればご案内して頂けると嬉しいのですが――、色々とつもる話もありますし」
「えと。つもるお話、ですか?」
「ええ、僕と貴女の今後につい――でっ!!」

 いつもの口上の途中、腰に打撃を喰らってサンジは膝をつき、その横で幼さの残った顔の少年が仁王立ちしている。
 席に着いてメニューと睨めっこしているルフィ以外は、この少年がサンジにとび蹴りをかました瞬間を目撃していたりした。
 因みに少年はちゃっかりサンジの手からお盆を取り返している。
 しかも、もともと左手には水の入ったコップが四つも載った盆を持っていたのだから、よくよく考えてみるまでもなくこの少年はなかなかバランス感覚がよろしいようだった。

「レイくん、お客さんにそれはちょっとまずいんじゃあ」

 わたわたと慌てる少女を見上げ、十二・三歳頃のレイと呼ばれた少年は怒ったように半眼を向ける。

「あのなぁ、こういうのは相手してたらきりが無いんだよ。オトのバーサンだって言ってたろ、覚えてないのか? まあ、バーサンが若い頃はあんたみたいだったつーのが、本当かどうかなんてしらねーけど。ほら、はやく持ってけ」   

 どちらが年上かは一目瞭然なのだが、有無を言わせぬ口調には見た目に似合わぬ説得力がある。盆を突き出し少女に渡すと、レイはサンジに目線を合わし。

「失礼致しました、お客様。当店では、店員への過度な接触はご遠慮願っておりまして」

 わざとらしいくらいの敬語でもって、しゃあしゃあと言ってのけた。

「…坊主、よく『このクソガキが』とか言われないか」

 立ち上がりながら青筋を浮べサンジが言うが、にっこり笑って返される。

「ああ、店から追い出した客が、んなことも言ってたような気がするけど。んで、あんたらは四人でいいのか?」

 窓際の席を陣取っている仲間を、彼は目で指す。

「…いいや、あと三人仲間が遅れてくる」
「ふうん。珍しいな、七人連れなんて。商人、職人、それともただの流れ者?」

 歩きながらの問いに、サンジは一人怒っているのも馬鹿らしくなって肩を竦めた。

「いや、海賊だ」

 とたん少年の目が、厳しいものに変わった。

「――上陸許可証は」
「あ?」
「この島に居るってことは、役場でもらってるはずだろ。悪いが一応、見せてくれ。そっちの馬鹿っぽいのと、鼻が長いのと、ちっこい奴もだ」

 盆を机に置き、レイは言う。
 きょとんと視線を交した四人は、けれど彼の真剣な眼差しに圧倒されて、各々つけていたそれを外して、机の上に乗せた。
 それを確認し、チョッパーの隣りに腰掛けたサンジから直接受け取ったバッチをまじまじと見つめた彼は、今度は別のことに気を取られたらしい。

「げ。うっそだろ…」

 銀製の竜に、蒼い石。
 その意味するところに、レイは絶句した。
 まだこれなら黒金の竜に、白い石が出てきた方が納得できる。

「警備隊ならともかく、直々に上陸許可出したのか? しかも海賊に?」

 いや、そりゃ七人も海賊に上陸許可出せる人間はくらいだけど。
 思わず口走った彼の言葉に、面々は問いたげな視線を向け、それに気付いたのだろう、レイは少し慌てて佇まいを直した。

「悪い。普通、海賊だとか海軍相手だと上陸許可が出るのは多くて五人くらいだから、ちょっと疑った」

 頭を下げて、レイはサンジに許可証を返す。もっと目立つところにつけといた方がいいぞと付け加えて、他の三人にもしまうように告げた。

「いや、それはいいが…」

 言い差したサンジを制して、チョッパーが首を傾げる。

「おまえの知り合いなのか?」
「ああ。知り合いっていうか、家族みたいなもんだけどな。あいつ、俺んちに半分居候してるようなもんだから」

 頷きながら水を配る少年に先ほどの警戒心はない。
 そんな彼に、ルフィとウソップが尋ねる。

「なあ。けど、お前さ。何でが俺らに上陸許可出したって分かったんだ?」
「それに、七人も海賊に上陸許可出せる人間はくらいだって、どういう意味だよ」
「うん? なんだ、あんたらオトバーサンから説明聞かなかったのか? は忙しいからんな余裕なかっただろうけど、あのバーサンなら喜んでレクチャーしてくれただろ?」

 少年の言葉に、複雑な顔をしたのが二人に申し訳なさそうな顔をしたのが一匹。そして、ほややんとした顔をしているのが…言うまでもないが一人。

「あー、ちょっとな。そこの馬鹿が我侭言って、先に抜けてきたんだ。話はだから、さっき言った遅れてくる三人が聞いて来ることになってる」

 なるほどな、とサンジの表情からそれなりのことを察したらしくレイは同情の眼差しをサンジとその向かいのウソップに向けた。

「なら、知らないのも無理ないか」

 頷いて、彼は同時刻ナミたちが受けている説明とほぼ同じような解説をする。
 面々のその感想は。

てやっぱりそんなに強いのか?」

 きらきらと目を輝かせチョッパー。

「や、チョッパー。何気に俺ら、軽く見られてるんだぞ?」

 ぴしりと船医に突っ込むウソップ。

「……」

 無言で煙草を燻らせるサンジに、

「へぇ、一遍戦ってみてーな。絶対、負けねーけど」

 楽しそうに拳を掌に打ち付けるルフィ。それぞれの反応に、色々な意味でレイは苦笑した。

「別にあんたらがどうこうってわけじゃなく、俺らがそれだけを信頼してるってことだから。あんまり気を悪くしないでくれると嬉しいな。も、あんたらを軽く見てるわけじゃないと思うぜ?」

 はてな、と視線で問うた一同に、サンジが手の中で弄んでいた銀色の竜を目で示し、レイは破顔する。

「だってさ、はあんたらにちゃんと名前を名乗ったんだろう?」

 竜の色は、許可を出した者の所属を示す。金の竜ならそれは役場で、黒金の竜なら警備隊。
 この場合、石はどこの管轄又は部隊が実際にその人物の行動の責を担うかを示すのだ。
 けれど、銀の竜は個人が出す許可証にしか使われない。
 だからこの場合の石の色は個人の名を示すということで。
 そして、この島でこの蒼の石が示すのは、たった一人だけ。
 色には限りがあるから、微妙な彩度や明度の違いで全く別の人間を示したりするのだが、何故か蒼だけは他の誰も自分を示す色として使いたがらなかったのだ。
 そう説明しながら、かれは思う。

(ま、その気持ちはわからないでもないけどな)

 蒼は間違いなく、の色。少なくとも、この島の人間にとってはそうだ。
 まだよくわからない、といった面々に付け加える。

「よっぽど気に入った奴相手じゃないと、はわざわざ名前を名乗るようなことしねぇよ。名前を呼ばせるなんてもっての外だ。特に普通の海軍、海賊なんていう体力馬鹿相手なら絶対役職しか教えないな。許可証も黒金に、隊長職を示す白石ですますだろうし、実際大抵はそうだぞ。俺がこの銀に蒼の許可証を見たのはこれまでで二回。海軍の髭オヤジと、オーナルのジジィだけだ」
「えーと、つまり?」
「あんたら、よっぽどに気に入られたんだろ。つまり」

 戸惑うウソップに、おかしそうにレイは返す。それよりさ、と小首を傾げた。

「うちにはに会いにきたのか? それなら悪いけど、まだ来てないぞ? さっき、あんたらより馬鹿な奴が勝手に上がってきたって騒いでたから、警備の仕事が忙しいんじゃないか?」
「なんだー? あいつもここの常連なのか?」

 ルフィの言葉に、少年は暫し不思議そうに目を瞬かせた。

「………もしかして、聞いてないのか」
「え?」
「何のことだよ」
「あー、ちょい待て。整理しとかなきゃ、何だかまずい気がするっていうか、やな予感がする。……よし。先に、いくつか教えてくれ」
「何だ?」
「あんたらの許可を出したのは。ってことは、今日最初にあったのがだってことでいいんだよな?」
「ああ。大時化で、難破したとこを助けてもらったんだ」
「そうだよな、今日は大時化だったんだよ。なのに、その中をがわざわざ走っていった原因がやっぱりあんたらで――、なあ。そもそもなんであんな大荒れの海を越えてまでこの島に来たんだよ、あんたら」
「ああ…」
「それは…」
「まあ…」

 サンジ、ウソップ、チョッパーが揃って視線をやった先で、ルフィが満面の笑みを浮かべてのたまう。

「この島に人魚が居るって聞いたから、仲間にしようと思ってさ」
「………なるほど。そういうわけか」

 詰め所に電伝虫で連絡を取った際に、うきうきと声が弾んでいた警備隊副隊長を思い出した少年は、うめいて片手で目元を覆い、天井を仰いだ。



    *    *    *    *



「それじゃ、あと頼んでもいい?」
「それは構わねーけど、隊長。副隊長には会っていかねーのか?」

 右に行けば駐屯所。
 左に行けば居住区。
 分かれ道に差し掛かり、は荷車を押す部下に声をかけた。
 いい歳をした男たちが複雑そうに顔を見合わせるのに、はきょとんとした顔をする。

が見てないことをいいことに、リードの野郎は絶対サボってやがるぜ?」
「あー。かもねっていうか、絶対そうだろうね」

 五つ年上の部下を思い浮かべて、納得した。

「ま。それは後で言っとくよ」

 にっこりと笑い。

「そろそろ、目に余る行動が増えてきたことだし。落とし前はつけなきゃね」

 ぼそりと一言。
 言っては、左の道に歩を進めた。
 背後で部下たちが「うわ、目がマジだ」「笑顔がこえーよ」「つか、落とし前ってなにさっ」などと騒いでいたが、気にしない。
 落とし前は落とし前。それ以外に無いだろ、きみたち?
 暫らくすると、見覚えのありすぎるシルエットが行く手に待ち受けていた。

「あれ。わざわざ迎えに来てくれたの? 皆は無事に役場にいけた?」

 尋ねれば、頭の中でソプラノの柔らかな声が気分を害したように言った。

『あのね、誰が案内したと思ってるの?』

 そりゃあ、とは楽しそうに笑い声を上げた。

「我家のアイドル、可愛い黒猫ルルちゃんだよ」


 
    *    *    *    *



「あー。わかった」

 何となーく色々理解した。
 リードの上機嫌の理由も、が彼伝に伝言を寄越したことの理由も。

「けど、最後に1個だけ確認させろ。…はそのこと知ってるんだな?」
「ああ、知ってるぞ」

 な、とルフィが仲間に同意を求める。

「…何か言われなかったか?」
「何かって何だ?」

 無邪気なトナカイを前に、レイは溜息をついた。

「うちの人魚姫は諦めろって言われただろう?」
「そーいえば、んなことも言われたな?」
「そーいえばとか言ったんなよ、ルフィ。あいつ結構真剣だったぞ?」
「俺も真剣に人魚姫を仲間にしたいんだ」
「…気色悪いからやめろ、それ。も言ってたろうが。そぉいう風に拗ねて可愛いのはレディだけだ」
「俺も金髪のにーさんに同感。それにしても、なんでこの店にその人魚姫が居るって分かったんだ? バーサンが喋るわけねぇし、は言わずもがなだろ……って、考えるまでもないか」
「なんかな、ふくたいちょうだって奴が教えてくれたぞ?」
「だろうな。あいつくらいだ、をネタにするような度胸があるのは」

 げっそりという少年の言葉を、ルフィが目を輝かせ聞きとがめる。

っていうのか、そいつ!」

 その言葉にしまったと顔を顰めるがもう遅い。

「だあ〜、頼む。頼むから、俺が教えたってことは誰にも言わないでくれよ」

 でないと冗談抜きに自分の未来が危うい。ガシガシと頭を掻いてうめいていると、

「何を言わないの?」

 背後からいきなり声。思わずレイは飛び上がった。

「うあ!? …なんだ、あんたか。脅かすなよ」
「ご、ごめんなさい、そんなに驚くとは思わなくて。あのね、マスターがとっとと注文とって来いって、レイくんに」

 しゅんと項垂れる年上の少女に、慌ててカウンターを振り返れば殺気に近いオーラを纏った白髪交じりの厳つい老人と目が合った。
 ああ、まずい。に殺られる前に、ジーさんに殺られる。

「おい、ともかく注文を――って、またかよっ!!」

 振り向き様、少女の手をとっていたサンジにお盆を投げつける。
 先ほどまでは普通だったのに、どうしてこの男はうちの看板娘を前にするとこうなるのだろう。まだ少女に話し掛けようとするサンジを羽交い絞めにしながら思っていると、今回は新手が居た。

「なあ、もしかしてお前がなのか?」
「え。そうなのか。ねーちゃんが人魚姫?」
「二人とも、彼女が怖がってるだろー。もうちょっと離れてやれ。サンジも落着け。…で、お嬢さん、実際のところどーなんだ?」
「え!? いえ、私はあの…?」
「………あんたらなあ」

 あまりのテンションに何だか付き合うのもしんどくなって、レイは肩を落とした。

「リリィ、そいつらは俺が相手しとくから」

 レイが呼ぶと、少女が安堵したように肩を揺らす。

「とりあえず、料理はメニューから一通り。飲みもんは適当に七人分、氷もな。オヤジにそう伝えてきてくれ」
「…いいんですか、勝手に」

 勝手に料理を選んだことよりも、恐らくはこの海賊たちの財布の中身に対して心配そうに顔を曇らせたリリィに、こいつらの保証人がであることを教える。
 一瞬意外そうな顔をしたが、すぐにレイの言いたいところを察したようだ。

「全部もちになるだろうし、大丈夫だろ。あいつ、結構貯め込んでるからな。それに、なんて言ってもうちの料理はどれも美味くて安い」
「そうですね。わかりました」

 手を離せばリリィの後に付いて行きそうな勢いのサンジを何とか押さえながら、もの問いたげな青年らの視線を受け止める。

「んな顔したって、あいつはじゃないんだからしかたねーだろ。あれはこの店の看板娘その二。でもって俺んちの居候その二だ。あんたらが会いたいのは看板娘その一の方だから、あんまりあいつに絡んでくれるなよ。ならまだしも、リリィはここで働くのにまだ慣れてねーんだから」
「ふーん。…じゃあ、の方は店に何時来るんだ」

 唇を尖らせたルフィに、レイはぽりぽりと言いにくそうに鼻の頭を掻いた。

「あー、たぶん来ないと思う」
「え」
「じゃあ、いつなら来るんだ?」
「いやだから――。たぶん、あんたらが目当てでこの店に来る限り、さ」

 ルフィの顔をちらりと見やって。

「あいつはここに来ないつもりだと思うぞ? 少し前に、暫らく店には出ないって人伝てに連絡があったんだ」





















 【あとがき】H18.12.03
  レイさんは予定外にお気に入りになったキャラ。因みにレイは略称で、本名は「レイス」です。あと一文字だけ長い。
  放蕩者の父と兄、頑固な祖父、まじめだけれどなんかずれてる居候たちの所為で擦れてしまった、ある意味不幸なキャラ。
  ホントは彼の立ち居地にくるオリキャラは女の子だったんですけどね。しかももっと勝気なツンデレ少女。面影すらない…。
  リリィももうちょっと無口無表情な娘だったんですけど、サンジに絡ませたらどうしてかこうなってしまった。恐るべき紳士マジック(違)



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