6.部下と身内は選べない 「何であれが副隊長なんだろ」「腕っ節だけはいいからなー」「あと口先も」
居住区に辿り着き、役場へと足を向けかけたは、少し考え直してからくるりと進路を変える。
背後で訝しげに黒猫が鳴く声がした。
『?』
「いや、オトばあには先に伝えたけど、マスターとレイとおやじさん、あとリリィにも直接事情を説明しとくべきかなと。…な〜んかね、とってもいやな予感がするから」
『いやな予感って』
「…今朝は急いでたから、今まで深く考えなかったけどさ。今日の外門の見張りって、リードだったんだよねぇ、確か。どう思う、ルー」
『――。私はそれ、いやな予感なんて表現じゃ生温いと思うわ』
「…あー、やっぱり?」
『ええ。急ぎましょう、亀の甲羅へ。…間に合うかどうかは分からないけど』
「間に合わなかったら、仕方ないよ。本当は仕方なくないけど…いずれ、リードとはちゃんと話し合わなきゃと丁度思ってたところだしね」
走り出した一人と一匹の背は、あっという間に家並みの中に消えた。
* * *
リリィがこの島に来た…正確には漂着したのは、二月ほど前のことだ。
意識の無いまま入り江に辿り着いた彼女を見つけたのは、とレイ、それからリードの三人だったのだと後日聞いた。
甲羅亭の裏手、レイの父が営業している療養所で目覚めた彼女に、三人はとてもよくしてくれた。
生まれも年齢も、家族の顔も。名前すらも忘れてしまった彼女に、居場所と仕事、それからリリィという名まで与えてくれた彼ら。
少しでもその恩を返したくて、彼女は日々この店で働いているのだが…その成果はあまり芳しいものとは言えない。
「あ、あのお客様、困りますっ」
真剣にそう言ったのだが、彼女の手を掴んだ不躾な客は下卑た笑みを浮かべただけだった。
それにリリィは内心またかと思う。
どうも自分はこういうマナーの悪い客を助長させてしまう傾向があるらしい。
下手に出るのが悪いのか、弱気な対応が悪いのか。
そのどちらとも知れないが、彼女自身は本気で迷惑に思っているのに相手にはそう思ってもらえないことが多い。
大抵の場合は、このやりとりが大騒動になる前にレイかマスター、もしくはが割って入って事なきをえるのだが(状況や割って入った相手によっては、必ずしも客側にとっては事なきにならないこともありはするが)、今回ばかりは間が悪い。
はまだ来ていないし、マスターは調理場だ。
レイは先ほどの客と意気投合したようで暫らく話し込んでいたが、今ちらりと見れば大量の料理を運んでいるところだった。
(ええいっ、いい加減しっかりしないと!)
いつまでも年下の(自分の年齢すらわからないので正確なところはわからないが、体格的に間違いないだろう)少年に頼ってどうするのだと、自分を叱咤する。
こんな調子では、いつまで経ってもお荷物で、恩返しなど夢のまた夢だ。
心の中で気合を入れて、リリィはきっと眦を吊り上げ客に抗議した。
「ほらよ。これで一応最後だ」
最後の料理をテーブルに載せてレイは言ったが、その後困った顔をして首を傾げた。
「けど、追加が要るなこの調子だと……残りの人間が来たら声かけてくれ。飲みもんと一緒に、持ってくるから」
でも、頼むからうちの食糧庫食い尽くさないでくれよ。
戦場のような食事光景に思わずそう零すと、サンジも困ったように食事をする手を止めた。
「悪いな。出掛ける前にも食ってきたから、これでもマシではあるんだが…」
「これでマシって、どんだけエンゲル係数高いんだよお前ら」
「…船の冷蔵庫を鎖でぐるぐる巻きにして、南京錠をバカみたいにつける必要があるくらいにはな」
サンジのポケットから出された十数もの鍵が、鎖に束ねられたままジャラリと音を立てる。
げんなりとした青年の顔があまりにも深刻そうで、レイは思わず同情した。
「苦労してるんだな、あんた」
「全くだ。この苦労が全てレディのためだけなら、惜しみはしないんだが―――ところで、坊主。この料理、もしかするともしかしないか?」
唐突に話題を切り替えたサンジは、横で行われている骨肉争いが気にならないらしい。
レイの方も最初こそ引きはしたが、伊達に物心ついた頃からこの店を手伝っているわけではない。
海の無頼者は総じて大喰らいが多いから、その延長だと思えば理解はできなくても納得することは出来る。
これはこういものなのだと割り切ってしまうことにした。
サンジの言いたいことを察して、レイは頷いた。
「たぶん、あんたが思っているので正しいよ」
「…驚いた。あの図体の割りに、繊細な味だな」
「お、よくわかるね。しかも、繊細なのは味だけじゃないんだなー。もともとあいつらは、見た目があれなわりに、病気とか微生物に対する免疫が少ないみたいでさ。捕まえても、海から上げたとたん死んじまうし、死んだら死んだで腐るのも早い。その上、よほどの腕と特殊な技術でなきゃ捌くことすらできないし、ゆっくりやってたらさっき言ったように腐っちまう。ちゃんと料理できれば、あんたの言う通りなかなかうまいんだけどな。まー、そもそもがあれを捕まえられたらの話だから、この島でもあんなもんを食材として使ってるのはうちくらいだ」
「ふうん」
「詳しいことは、うちのジジイにきいてくれ。気難しいけど、上手く交渉すれば手ほどきしてくれるよ。あんたコックなんだろ?」
「…よく分かったな」
「船の行き先を決めるのは船長。けど、食糧庫の鍵を握るのはコックってのがお約束だろ」
確かにな、と笑うサンジの横で、たまたま小休止していたウソップが、ぼそりと誰にともなく呟く。
「でも、食糧を買う財布の中身を牛耳ってるのは航海士だけどなー」
サンジは気付かなかったようだが、レイは声の主を追って視線を動かした。
航海士と言うのは、まだここに着ていない人間のことかと問おうと思ったのだが(なんせ、麦藁帽子は手配書で見た顔だったし、トナカイやこの長鼻の青年が金勘定に長けているとは思えない)、その途中、視界をかすめた窓に気を取られた。
が、それも一瞬のこと。
「こっちが下手に出てやれば図に乗りやがってこのアマ! それとも何か、俺らみたいのの酒は飲めないっつーのか!?」
罵声と共に、食器の割れる音。店の中が静まり返る。
あれは結構な値のコップと皿が何枚か逝ったな。
冷静にそう判断しながら振り向くと、案の定予想通りの人物が酔っ払い数人に絡まれていた。
そういうつもりじゃ、と口篭もる少女はガラの悪い男数人に囲まれていることと、食器を割ってしまったという事実に随分慌てているようで、あたふたと視線を泳がせている。
見た目はかよわい少女だが、実際のところ前半の理由より後半の理由の方が彼女にとっては重大だったようで、レイと目が合わせられないらしい。
あからさまにこちらを見ないのがその証拠。
この際、問題はこの食器をどうやって弁償するかであって、助けを求めるのは二の次になっているようである。
おかしなところで図太いよなと、彼は軽く嘆息した。
そのまま助けに行こうかと足を向けかけたが、思い直す。
「レイ、行かなくていいのか?」
「ああ。まあ大丈夫だろ、たぶん」
いやでも、というチョッパーの戸惑いに重なるようにして再び罵声。
食器の音が再び響き、サンジが無言で立ち上がった。
最初のはともかく、今のは客に弁償してもらうべきだなと眉を顰め考えていたレイが、声をかける暇もなく彼はリリィのほうへ向う。
「たぶんて、そんな」
「あー、少なくともリリィ『は』大丈夫だ、て言う意味での『たぶん』だったんけど」
じっと見上げてくるトナカイと、視界の端に映る青年の背に、彼は苦笑した。
と、彼らの隣の席で、何ともいわく言いがたい顔をしている常連が声をかけてくる。
「おい、レイ」
「んあ? 何だよ」
「あいつ、見ない顔だが……新入りか?」
「だと思うぜー。少なくともあんたらみたいな常連なら、あんな無謀な真似しないだろ?」
当り前だと、男はまんざらでもないように身を震わせる。
その顔には、真剣な怯えの色があった。
「酔った勢いだとは言っても、警備隊の人間と切った貼ったの遣り取りする程度なら、度胸がある奴だと笑ってすませてもらえるだろうがな。間違って非力な女こどもになんか手を上げてみろ――」
想像しただけで恐怖に襲われ、言葉を無くした男に、だよなーとレイは肩を竦める。
チョッパーやウソップが意味不明だと疑問符を浮かべていたが、彼は構わず遠い目で呟く。
「そんなことして、あいつがただで島から帰すわけが無いのに」
その言葉に応えるように、来客を知らせる鈴の音が店内のざわめきに紛れて消えた。
視線を泳がし、あたふたとする少女に、男はもう少しだと心の内でこっそりと目前の勝利に酔いしれた。
何がもう少しかは問うなかれ。見目のいい少女を捕まえて、男が企むことといったら選択肢は限られている。
細い手首を静かに握り締め――、男は少女の耳元で今夜自分の船へ来るよう告げる。
流石にこちらの目的を察したのか、彼女は身を固くして半歩退いた。
が、男がそれを許すはずもない。
「――っ!」
「ほら。これ以上、この店に迷惑をかけたくないんだろ? だったら、大人しく俺の言うこときいとけよ。他の客だって、俺にこれ以上暴れて欲しくないみたいだぜ?」
掴んだ手首にぎりぎりと力を入れてやれば少女は顔を顰め、彼の言葉に顔色を蒼白にした。
当然だ、客はおろか、店の人間さえ遠巻きに彼らを見ているだけなのだがら。
いや。
「――おい、そこのクソハゲのブタ野郎」
「あ? 何か用か、にーちゃん」
勇敢にも喧嘩を売ってきた青年は、見れば二十歳そこそこの優男。
場の雰囲気が読めない馬鹿か、命知らずの思い上がった馬鹿なのか。どちらにせよ馬鹿には違いないと、男は青年に嘲笑を向けた。
が、青年は意に介さず、そのまま重苦しい表情と声ではき捨てる。
「とっとと麗しのレディから手を離せ。今ならまだ―――――九割殺しで許してやる」
「ハッ。状況わかってんのか、お前」
ぐいと急に抱き寄せられた少女が腕の中で悲鳴をあげた。
それに構わず、男は床に散らばった皿の破片を拾って彼女の白い首筋に当てた。
一転、眉を顰め青年は、とっさに構えた足を下ろす。
その様子をみて男は己の勝利を確信したが――。
説得するような、哀願するような声がぽつりと言った。
「状況をわかってないのは貴方の方です。…今ならまだ間に合います」
たぶん、と腕の中の少女が小さく付け加える。
「だからお願いです、私を放して下さい。でないとお客さんの身が―――きゃあ!?」
乱暴に手近なテーブルへ少女の体を投げつけ、彼はその上に馬乗りになろうとしながら、
「っるせ! このアマ、一番状況分かってねぇのはてめ「もちろん、君だよ?」
嘲るように、苦笑するように。そして怒りを押し殺すように。
島の人間たちがよく知っている声が男の言葉を遮って。
新たな声に男が気を取られた瞬間、青年の足が男の体を蹴り飛ばす。
「リリィがせっかく忠告してくれたのに、バカだね」
その声が低く平坦な声音でそう言い終えたのと。
そのまま真後ろに蹴り飛ばされた先で、料理の乗ったテーブルをひっくり返した男の動きを縫いとめるように、ナイフとフォークが背にしたテーブルに突き刺さったのはほぼ同時。
蹴りの衝撃で詰まった息を吐いた後、彼が痛みに顔を歪めながらも声の方を見上げると。
帽子を被った小柄な人影が、こちらへゆっくりと歩み寄ってくるところだった。
「うわあ。ありえねー」
がゆったりとした足取りで、標的に近づく中。
思わずレイは呟いたが、あまりの成り行きに他の誰も彼の言葉が聞こえていないようだ。
何がありえないかと言えば、お前体重何トンだと聞きたくなるような男を蹴り飛ばした青年の脚力にではなく、ナイフやフォーク急所のすぐ傍(例えば首筋、手首、耳元、その他)を狙って投げた正確無比なのコントロールと、テーブルに突き刺さるような速度を可能にしたナイフ投げの腕でもなく。
ただただ、身内で一番怒らせてはいけない人物bPのを、初対面でここまで怒らせることが出来たこの男そのものが何よりも有り得ない。
(あそこまでを怒らせられた奴見るの、久し振りだわ)
あの男のバカさ加減に心底呆れてそう思う。
外見に反して、我が島の警備隊の隊長は決して温和な性格ではないが、それでも口より先に手を出したりしない程度には理性的に出来ている。
それなのに、だ。
は、説得するそぶりも見せず。――言葉と同時に動いていた。
そこまで考えてレイは首を傾げた。
果たしてこれは、リリィに手を上げようとしたことだけに怒っているのだろうか。
この人物の前で非力な人間相手に手を上げたバカを彼は幾人も知っていたし、その度に怒る居候の姿も見ては来たが、どう見ても自分より弱い相手にここまで問答無用の叩き潰しかたをしたことがあっただろうか。
何より。
表情こそ、いつもの怒ったときのそれと大差ないものの。
空気が、眼が、声が――。絶対零度の怒りを孕んでいる。
付き合いの長い分、口にされずともそれがひしひしと伝わってきた。
「レイ、水」
「へ、ああ」
有無を言わせぬ口調に動いたのは反射行動に近い。
麦藁海賊団の机から水のたっぷり入った水差しをとって無造作に放り投げ、放射線を描いたそれは水が零れることもなく、の手の中に落着く。
が。
「え。おいおい、ちょっと待て」
どうして水が必要なのか。
の横顔を見送ってしまってからそれを悟って、さらにレイはの怒りの深さに気付かされる。
しかもどうやら今の状況が分かっていないのは、にしても同じことだったようだ。
「――俺は知らないぞ」
この状況で唯一、の一挙一動に目を輝かせつつ、頬一杯に『竜宮の使い』の(別名・深海魚もどき)ソテーを頬張っている青年を横目で見つつ、レイは投げやりに頭を掻いた。
「さてと。ここに居る以上、君もこの島のルールは知ってるよね? 島で騒動を起こした者は即刻逮捕。その後無事に故郷に帰れるかは――それはこれからの君の行動次第」
感情に流されている自覚も、理性のたがが外れた原因もわかっていたが、はそれに構わず男に笑いかける。
八つ当たり。それは分かっていても、止める気にはならなかったのだ。
それほどまでに、男の行動はの古傷を引掻くには充分すぎるものだったのだから。
「それじゃ、バッチ見せてくれるかな。警備隊に突き出す前に、責任者に連絡しとかないと」
「……」
隙を探すようにピクリと動いた男に、ふうとは息を吐く。
この反応は当然だろう。何せ、自分は小柄。しかも見た目はどこをどう間違っても、強いとは思われないに違いない。
そして男がここから逃げ出すために、一番短いルートの上にいるのが自分だ。
「あれ、まだ諦めてない? しかたないなぁ」
形ばかりの笑みを顔に張り付かせて、おもむろに手にした水差しを逆さまにひっくり返す。
怪訝な顔をした男の顔が、徐々に引き攣りだした。
恐怖を宿した男の視線に、そこまで怖がる必要もないだろうにと怒りを一瞬ひっこめてちらりと不満に思う。
中空に、水で出来た小さな竜が主たるに応えるように鳴く姿は、どちらかと言えば可愛らしい。
(水差し程度じゃ、これくらいにしかならないか)
懐くように掌にすりよるそれに『行け』と念じる。
「うあ!?」
するりと首に巻きついた蛇のような細い体に、男が悲鳴を漏らした。
「バッチ。見せてくれる? …ああ、いいよ。そこにあるんだね」
怯えながらズボンの後ろポケットに手を入れようとした男を制し、軽く念ずると竜がするすると体を伸ばしポケットに頭を突っ込む。
くわえて彼女の掌に落としたのは、金色の竜と緑の石。
「役場の経理部? ってことは、君って商人だったの?」
言いながら、そんなわけあるかと自答する。
このタイミングで、自分の身内を手篭めにしようとする人間が、ただの商人であるはずがない。その事実をはじき出して、は自分の頭が冷えるのを感じた。
怒りはいまだ収まらない。
リリィに手を上げた罪は海の水全てより重いし、何より八つ当たりだろうと何だろうと、人の古傷を抉ってくれた借りだって返したい。
だが、それでも。
どうやらここは感情を押し殺す必要がありそうだった。
* * *
唐突に押し黙ったあと、はマスターに声をかけ男を縛るよう伝え、客たちに騒がした非礼を詫びる。
こんなやりとりにも慣れているのか、客たちはすぐに席に戻り再び各々騒ぎ出した。
もう少し緊張が後を引いても良さそうなものだがと、サンジたちはしばらく後にレイに尋ねてみた。
が、どうも店全体に緊張が走り静寂が訪れたのは、がこの状況を見たらそれこそ嵐のように怒り狂うと思ったからで、別段客たちは騒動自体に怯えていたわけではないのだそうだ。
実際、彼らがこの島に滞在した約一月、この食堂であの程度の騒ぎは日常茶飯事だった。
しかしそれはともかく、嵐のようにどころか吹雪を背負って登場したは、先ほどまでの怒りが嘘のように心配そうな顔でサンジ――正確には、その傍らのリリィに駆け寄ってきた。
「リリィ、大丈夫だった?」
「はい、私は。だけどそれより――」
大荒れの店内を見回して、天女は哀しそうに目を伏せた。
「すみません、私のせいでお店が」
見当違いな謝罪に仰天したのはだった。
「なんで! リリィは全然悪くないって」
「そうだとも、レディ。貴女に非はない」
一連の騒ぎから我に帰ったサンジも慌てて言い添える。
「どう考えても悪いのはあの男だ」
「そうそう。だって、どうせあいつが酔っ払った勢いで絡んできたんでしょ? だったら、サンジの言う通り、リリィは全然悪くないよ」
「でも。お皿とか机が」
「大丈夫だって、これくらい。それより、リリィが怪我してなくて良かったよ、ね?」
「ああ」
「さ。それじゃ、あなたも仕事に戻って。後片付けは警備の人間呼んでどうにかしとくから」
後ろ髪惹かれるように持ち場に戻った彼女を見送りつつ、は肩を落とす。
「助かったよ、サンジ」
「何が?」
「いろいろ。君の口添えがあったから、リリィも早く納得してくれたし。それにサンジがあのタイミングであいつを蹴飛ばしてくれてなかったらちょっと本気で………、って。え、あれ?」
本気で何をする気だったのだろうとサンジが自分のことを棚に上げて考えた横で、はふとわれに返ったかのように首をかしげ、それから一瞬動きを止めた。
あからさまにギクシャクとした動きで、自分の隣に向き直る。
突然挙動不審になったにサンジは何だと目で問うたが、視線がかち合ったとたん蒼の瞳が目一杯見開かれて。
「サンジ!?」
叫んだ。
「……思いっきり今更だな」
「え、や。だって、役場は、説明は!? サンジ、一人だけ先に来たの!?」
「いいや。そこの馬鹿の引率で。ナミさんとロビンちゃんとマリモだけ残って、今も説明受けてるはずだ」
「馬鹿ってまさか。〜〜ちょとまって、それじゃ今の見られてたの、全部!?」
頭を抱えたは見るからに狼狽している。
「今のって…」
大げさに思えるほど混乱しているこの少年を見るのは何気に面白かったので、ついついサンジは片眉を跳ね上げ、わざと平常の口調で呟いた。
「もしかして、それとか」
箱から取り出した煙草の先で、テーブルに刺さったナイフとフォークを指し。
「それとかのことか?」
次いで、今は気絶している男の首に、控えめに巻きついている其れを指す。
「〜〜〜っ」
声もないに、サンジは面白半分同情半分で「だったら」と告げる。
「ばっちり見ちまったな。――あいつらも」
「なあなあなあ! あれ本物かあ!?」
「すっげーな、お前!! どうやったんだ、水が変な生き物みたいになったぞ!? つーか面白れぇ!!」
自分の腕や服の裾を掴んで興奮気味の一人と一匹に、は頭を抱えた。
最後の砦だったウソップも、興味津々で男の襟巻きに見入っている。
「ウソップ、チョッパー…、それにルフィ。……リード、あの馬鹿。つくづく人の予想を裏切らない…」
後半は何故か恨めしげな声で何か呟くが、サンジにはよく聞き取れなかった。
それにもかかわらず、その後姿をを遠めに見ていたレイが、怯えたように視線を反らす。
「よし、決めた」
楽しそうにルフィが手を打った。
嬉しそうに、だが当事者にとっては不吉この上ないほど楽しそうな声に、何をと問う気力さえすでににはない。
「、お前も俺たちの仲間になれ! な? そしたら、人魚と竜使いで最強だ」
いやどういう理屈で、どうして最強?
「え、も仲間になんのか!? そっかー!! これからよろしくな!」
可愛い顔にだまされそうですでもこちらの意見もきいてほしいのですが。
「ふむ。戦力的に見て悪くない判断だな。…よし、このキャプテンウソップも君を歓迎しよう」
………。
そんな仲間を横目に、咥えた煙草を手近の灰皿でもみ消したサンジは、紫煙混じりに苦笑した。
「何て言うか。…悪いな、馬鹿ばっかりの海賊団で。悪気は間違いなくないんだが」
だからこそ質が悪いのだが、それは言わぬが花と言うモノで。
「……うん、それはよく分かってる。それでもって、悪気がありながら尚且つ、人の不幸を玩具にしてくれてる奴がいるみたいだから、少なくとも君らに当たったりはしないけどね」
はあと疲れたように溜息を吐くを、サンジは不思議そうに見下ろす。
それに構わず、若き警備隊隊長は、低くその名を呼ばわった。
「レイくん? どこへ行くのかな」
「え。ほら、俺も仕事が――」
「ロウ・レイス?」
「…あー、もう何だよこん畜生。わかったから、フルネームで呼ぶな。嫌な事実を思い出すだろうが」
顔を顰めた少年の傍らで、席につきながらサンジは首を捻った。
「ロウ? って確か、あれじゃなかったか?」
「あれって何だ、サンジ」
「あ、そう言えば。えーと、あのひとが同じ名前だった」
「だよな?」
「ああ、そう言えば」
船長を除く全員が頷きあう。
「「「あの気障な副隊長」」」
彼の名が、確か『ロウ・リード』
「そうだっけ?」
ルフィが首をかしげる横で、心底嫌そうにがしがしと少年が頭を掻いた。
「あー、そうだよ。ありゃあ、俺の不肖の兄貴だ」
「そう。そしてうちの警備隊一の問題児でもある。――悪いけど、でんでんむしで呼び出してくれるかな。たぶん普通に呼び出しても逃げると思うから、とりあえず今から言う方法で」
サンジはあの青年が何をやって、を怒らせているのかを知らない。
だからどちらがどうという判断は出来なかったが――だがそれでもその提案に迷いなく頷くレイをみて、あまりにあっさりと弟に見捨てられた彼を、ほんの少しだけ気の毒に思った。
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