それは奪還屋に舞い降りた、一つの一風変わった依頼。

『娘の【声】をどうか取り戻してやってほしい』

 ヘブン経由であったがために最初は乗り気でなかった蛮も、依頼内容とその報酬に釣られて結局は首を縦に振り。
 銀次は何も考えずに首肯した。
 依頼内容は、誘拐されたショックで言葉を失くした少女の身柄を一週間預かること。
 無事彼女の心を溶かし声を取り戻せたなら二百万、例え無理だったとしても娘がその七日間を楽しめれば十万で、尚且つ前金プラス必要経費は返金の必要はなし。
 これほどの、好条件はめったにないだろう。
 しかし、不覚にも彼らは忘れていた。

 かの有名な、そして何より彼らが一番骨身に染みて理解しているはずの「うまい話には裏がある」という格言を。

 彼らが己の軽率さに自己嫌悪するのは、もうすこしだけ後のお話。



FILE.0 奪還屋と箱入り娘



 彼女がその喫茶店の前で立ち止まったのは、あまりの暑さに参ってしまったからだ。
 予定していたよりも早く目的地に着けそうだから、少しくらい休憩したって罰は当たらないだろう。
 そんなことを思いながら、日傘を畳んで手提げ鞄にしまいつつ、後ろの通りを横目でちらりと振り返る。
 アスファルトの地面は酷く熱を持っていて、少し離れた場所に停まっている黒のセダンをみれば、ゆらゆらと揺らめいて見えた。

(…車の上で焼肉ができそう)

 そんな仕様も無いことを考えてしまう程度には、どうやら彼女は暑さにやられているようであった。
 だから夏は苦手なのだと内心でぐちりながら、やはり車で送ってもらえばよかったかもしれないと少しだけ彼女は後悔する。
 一つ頭を振って気を取り直し、目の前のガラス戸に移る自分の姿を確認して、彼女は頭を覆う白の麦藁帽をとった。
 汗の滲んだ額に張り付いた前髪を手で直し、己の虚像越しに見知った少女がカウンターの中で何やら作業しているのを見つけて、軽く目を見開く。
 考えるよりも先に、ドアノブに手をかけていた。
 からんころん。
 こじゃれた鈴の音が、こじんまりとした喫茶店の中に響く。適度な冷房の風が火照った肌にちょうど良い。そんなことを思うのとほぼ同時、

「ばんちゃん、ひもじーよお」

 可愛らしい、しかし情けなくも切実な声が耳朶を打った。

「ああもう! さっきから、てめーはぐだぐだぐだぐだうっとおしいんだよ!! おいこらこのばか、まとわりつくな!」

 それに返すのは、苛々としたこちらもどこか切実な声。
 騒がしいやりとりに目を向ければ、一人は自分と同じ年代の少年(だと思うのだが、何故かその姿は二頭身に見える上、どこかのやる気の無いパンダのキャラクターを髣髴させる)。
 そして、もう一方はその少年より幾つか年上の青年だった。
 仲良さげな様子に、少しだけ彼女は首をかしげる。
 そんな彼女の視線に気付いていないのか、己の身体の上をまるで毛虫か何かのように這いまわる少年を、青年が引っつかんで投げ捨てた。
 少年が床の上から恨めしげに見上げる。

「だってー。蛮ちゃん、おれらすでに絶食三日目だよぉ」

 ぽーるはつけ払うまで飯だしてくれないって言うし。
 涙目の訴えに、更に怒った青年が捲くし立てた。

「だぁら、ちょっとまってろっていってんだろーが! あと三十分かそこらで約束の時間だ。金蔓がくる。あの親ばか偏屈親父、金だけは持ってたから、どうせ娘は世間知らずな箱入りだろっ。適当な理由並べて朝飯代とついでにつけの分、払わせればいいんだよ!!」

「なぁるほど! さすが蛮ちゃん」

 まるで悪役のような台詞だと彼女は思ったが、少年の感想は違ったらしく先ほどの胡乱な瞳と打って変わって、純粋な尊敬のまなざしを青年に向けている。
 一見正反対な性質を持つように見える二人だが、ある意味彼らは似たもの同士なのだろう。 
 そんな結論を彼女が下したところで、カウンターの少女が彼女の気配に気付いたようで、顔を上げた。
 慌てたような様子で今まで格闘していた、なんだか謎な液体の入ったカップをカウンターの内側に隠す。

「いらっしゃいま……あれ?」

 ぱちぱち。
 瞬く表情が可愛らしくて、返事の変わりに彼女はにっこりと笑いかけた。

「え、え。やっぱり、!? どうして。私此処のこと言ってなかったよね?」

 酷く驚いているらしい友人に、彼女は頷いて肯定した。いつものように左手を伸ばせば、一瞬その手のひらを見つめたものの、すぐに意図を察して手を重ねてくる。
 其の手を掴み、手のひらを上にしてそこに右人差し指でゆっくりと文字を書いた。

『たまたまこの近くに用事があって、通りかかったの』

 そう書き記すと「そっか」と級友が破顔した。

『バイト?』
「うん、ちょっと前から働かせてもらってるの。…マスターはちょっと出てるから、留守番中。も時間があるなら、何か飲んでいく?」

 にっこり頷いて、カウンターの席に腰掛けた。
 ふと視線を感じて、ボックス席を振り返る。
 不思議そうに首をかしげる少年と、いぶかしむ青年と視線が合った。

「なつみちゃんの知り合い?」

 問われたなつみは彼女にメニューを渡しながら二人に顔を向けた。

「はい。は親友です」

 答えて彼女は手のひらで二人を示した。

。そちらの二人はこのお店の常連です。つけもいっぱいですが。目つきが悪いお兄さんが蛮さんで、そっちの縫いぐるみみたいな方が銀ちゃんです」

 なんともまあ言いがたい紹介に、紹介された三人はなんとも言いがたい顔。
 幼馴染の天然さに苦笑しつつ、ごそごそと鞄をさぐって鉛筆とB5サイズのスケッチブックを取り出した。
 さらさらと書き綴りスケッチブックを二人に差し出すと、困惑げに受け取った少年がそれに目を落とした。

『はじめまして。美堂蛮さん、天野銀次さん』
「はあ、はじめまして。あの、これ?」

 横から覗き込んだ蛮が絶句したが、銀次はまだ気付かない。
 首を傾げて自分の顔とスケッチブックを見比べるので、彼女は苦笑しながら銀次に近づいてスケッチブックのページをめくり、幾度と無く使用するページを見せた。

『ごめんなさい。私、事情があって喋れないんです』
「あっ、いや、こっちこそ不躾でごめんね。………て。あれ、蛮ちゃん」

 俺、なんかすごい嫌な予感がするんだけど。
 というか、俺この子に名乗った覚えないんだけど、なんでフルネーム知ってるの。
 あまりにわかりやすい表情に、彼女はくすりと笑む。

「…………おい、女子高生。この女のフルネームは」
「へ?」
「いいから、さっさと教えろ」

 困惑している親友に目配せして、新たなページに鉛筆を走らせる。

『たぶん貴方の思っている名前で正解ですよ』

 スケッチブックを見せればいっそ楽しいくらいに顔をひきつらせる二人。

「………」
「……………あんたが『』?」

 どうか否定してくれとその表情は物語っていたが。

『先日は父が大変ご迷惑をおかけしたようで』

 にっこり笑えば、相対した二人が凍りついた。

『別に朝ごはん代くらいこちらで出しても構いませんが、つけをお払いするということなら、私が持ってきた前金から出すことになりますけど、宜しいですか?』

 蛮ちゃん、この子全然箱入りじゃないよー。
 涙交じりの言葉は一応ほめ言葉ととっておくことにした。




















 【あとがき】 H18.11.22(書いた日はもっと前ですが、本日アプ)
  普通に続いてますが、いつ続きが書けるか疑問なので個別の部屋は作ってません(え)
  や、だってちょおっと連載多すぎるかな、とか今更思ったんです(ほんとに全部終わらせれるんだろうか…)
  ヒロイン設定としては、結構お気に入りだったりするんですけどねー。
  ただもう、ゲットバッカーズほとんど読んでないから、続き書けたとしても原作とはかけ離れた物になるんじゃなかろうか。



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