宿敵との舌戦の最中に、遠慮がちなノックの音。
開いた扉から姿を現した青年に、は今までの険悪な空気を豹変させて華のように微笑んだ。
「お久しぶりですわね、ツナさん。半年振り、いえそれ以上でしょうか」
綱吉は苦笑いでそれに答える。
「うん、久しぶり。正確には六ヶ月と二十一日だけどね」
確かにここ最近は雑務に追われていたから、それくらいの月日が流れていてもおかしくは無いかもしれない。
納得して相槌を打つ。
「まあ、そんなになりますか」
和やかに話し始めた二人に、骸は一瞬眉根を寄せて、けれど結局は息を吐いてその場を辞そうとする。
それを片手で制し、は綱吉の隣に立った。
「あれに御用ですの?」
あれと指差された骸が今度こそ気分を害したように口を開きかける。
が、その前に綱吉の背後から現れた少年が、するりと答えを口にする。
「いや。骸に用があんのはオレだ」
「あら。リボーンさんもお久しぶりですわね」
「チャオ。相変わらずは美人だな。今晩、俺の部屋に来るか?」
「ふふふ、ありがとうございます。貴方に誘っていただけるなんて光栄ですわ。ですが、またの機会に」
今はギャラリーが多いことですし。
にっこりと笑って彼女は「お前はまた自分の年齢を無視した言動を…似合ってるからまだ良いけども、…いや似合っているから問題なのか!?」と頭を抱えるツナの袖を掴んだ。
「代わりにと言っては何ですが、ボスはお借りしますわね」
「ああ。もともとそいつもお前がここに来てるって聞いたから、付いてきたんだ」
だから好きにしろとの了承を貰って、は天敵の部屋から撤退した。
もちろんドンボンゴレを引き連れて、骸に一瞥も忘れずに。
残された骸は、ソファから疲労困憊の態でリボーンを見た。
「アルコバレーノ。君は少し女性の趣味が悪いのではありませんか?」
珍しいことに一瞬何を指して言われたのか理解できなかったらしい、業界一のヒットマンはぱちぱちと目を瞬いた。
ようやく思い至った後、心外そうに片眉を上げる。そうか?と。
「あれほどいい女は、そういないと思うがな」
ボスと科学者の会話。
ところで。
と、綱吉の執務室で世間話で盛り上がっていたが綱吉に言った。
「ツナさんはこの一月、どちらにいらっしゃったんですか?」
朗らかな声に、綱吉は含んだ紅茶を噴出すのをなんとかこらえる。
が、当然むせて咳き込んだ。白く細い手が伸びてきて、優しく涙目になった彼の背を叩いた。
白いハンカチが差し出される。
「けほ、げほっ。ん。……ごめん、もう大丈夫。この一月はちょっと、えーと。仕事で?」
「疑問符付きで私に聞かれても困るのですけれどね。ようやく雑務も一段落して、こちらに顔を出したのにいつ来てもいらっしゃらないんですもの」
「ああ、ごめん。会いに来てくれたんだ」
「当然ですわ。…まあ最近の訪問は六道への報復目的でしたけれど」
最後は低くぼそりと呟いたが、しっかり綱吉には聞こえていた。
彼女にしては珍しい嫌悪の表し方に、逆にしみじみと感心してしまう。
「…、ほんとに骸のこと嫌いだよなあ」
「アレが私を嫌いなほどではありませんわ」
向かいのソファーに戻って、つーんとそっぽを向く動作が黒髪のあの人を髣髴とさせて、思わず苦笑がもれる。
だからこそ骸とも相性が悪いのだろうが、基本的な言動や行動原理はどちらかといえば骸自身のほうに近いことに思いを馳せれば尚更苦笑を誘った。
だが、あまり仲間内で仲違いをされても困る。
特に犬猿の仲の人間たちが一組すでに居て、しかもそれが守護者であり幹部で、その上、下手をすれば三つ巴になるような事態はとても避けたい。
あの二人と、純粋な力比べでこそ劣るとは言え、口論と知略においては引けをとらない彼女が参戦するかもしれないのなら尚の事。
「うーん、でもあいつって結構天邪鬼なところあるから、さ」
「…ツナさん、六道が捻くれて捻じ曲がったどころか捻じ切れた性格だということに異論はありませんが、あのやり取りのどこに好きの裏返しなどという恐ろしい要素があるとおっしゃるつもりです」
「…まあ、そう言わずに。それに雲雀さんとよりはましだと思うけど。だってあの二人、顔を合わせばすぐ臨戦態勢に入るし」
「一応、私の性別を女と認めて自粛しているんじゃないですか?」
なめられたものですと、彼女は麗しい顔を顰めた。
そうかな、と綱吉は首を傾げる。
そうかもしれない。あれはあれで何気に常識的なところもあるから。非常に信じがたいことに。
「まあ、好き嫌いはともかく骸はのこと認めてると思うよ。もそうだろ?」
「仕事の上では不満はありませんわね。個人的には一つや二つの失敗をして頂いた方が何かと楽しめそうですけれど」
至極真面目にそう言われ、綱吉は肩を落とした。
「…はは。できたら仲間内で弱みの握り合いとか止めてほしいかなー」
「あら。でしたら、ああいう六道の企みに付き合うのは止めてくださいな」
冷たく切り捨てられて、思わず身を竦ませる。
知らず、ため息が漏れたのは、やはりという落胆。
「……やっぱり、も気付いたんだ…」
彼女が気付いたということは、彼も気付いているということだ。
「『も』、というよりは私『が』気付いたんですけれどね。それより、何をどうしてあんな罰ゲームをすることになったんですの」
「あー、酔ってたというか、なんていうか。…ノリ?みたいな」
綱吉の言葉に、は呆れも顕に口をあんぐりと開けた。
「それはまた…えらく命知らずなノリもあったものですわね……」
彼にあんな命令をして、ただで済むはずがない。例えそれが盲愛している恋人の命令だったとしても、例外にはならないだろう。
「うぅ、言わないで。ようく承知してるから。ああもう、酔ってたとは言え何であのタイミングで骸の言葉なんか信じたんだ、俺!」
「そもそも、よく雲雀があんな命令を聞きましたわね。例え貴方の命令でも、不服ならば逆に貴方に噛み付く勢いなのがあの男でしょうに」
としても、もはや呆れを通り越して感心するしかない。
「…それが、ちょっと」
目を泳がす童顔の上司に、これは何かあるなと彼女の勘が告げた。
「何ですか」
優しく、だが少なからずプレッシャーをかけてやれば、言葉少なに彼は説明する。
「賭けをしたというか」
「賭け?」
「ポーカーで、勝った方が相手の言うことを聞く、みたいな」
「…………なるほど。それで、ツナさんが幸運にも勝ったというわけですね」
ならば、一連の騒動も頷ける。あれは非常識な割りに約束事だとか規則ごとに厳しい男だから、そういう状況であったのなら渋々だろうと嫌々だろうと、契約を履行するだろう。
酒の席で羽目をはずした賭け事をして、綱吉が幸運にも勝ち、六道がこのボスに要らぬ罰ゲームの候補案を提示したために回りまわって自分のところまで被害が回ってきた。
要はそういうことか。
そう納得しかけたところで、いつまで経っても相槌が返らないことを不審に思って、顔を上げる。
目が合った瞬間に反らされた。
「…他に何をなさったんですの」
「……」
「ツナさん? 今年の健康診断まだでしたわよね。私がシャマルに頼んで担当させて頂きましょうか?」
にこ、にこ、にこ。
微笑んだだけなのに、綱吉は青褪めた顔で捲くし立てた。
「ごめんまさかあんなのでほんとに勝てるなんて思わなくて!」
ボスが涙ながらに白状したのは、六道骸に唆されて行ったゲーム上での不正。
どうやら負け込んで弱っていたところを付込まれたようだが、いかさまを使った相手が悪かった。
「よりにもよって、あの雲雀にですか」
「うん、よりにもよってあの雲雀さんに」
「しかもあの罰ゲームですか」
「うん、あれは正直俺もどうかと思った」
「…その辺の判断ができたのなら、そこで止めて置けばよかったでしょうに」
「だって、骸が自分のおかげで勝てたんだから、自分にも罰の内容を考える権利があるはずだって言うんだもん!」
涙目の彼が言うには、骸が提示した罰は『綱吉以外』の誰かに愛を囁け、というものだったらしい。
悪辣というか何と言うか。
基本、人と群れるより屍の上に立つ方が落ち着くという人間に、それは拷問だろう。
「けれど『貴方以外の誰か』でいいのなら、何も私でなくともよかったのではないのですか」
「共犯だからその誰かは俺が考えろって言われて」
「それで私を指名したと? 他にもう少しマシな人選は無かったんですか」
見せ付けるようにため息をつけば、イタリアきってのマフィアのボスは更に小さくなった。
「だって、骸はもちろん獄寺くんも論外だし、ランボだとたぶん罰ゲーム終わったあと噛み殺されちゃいそうだし、山本なら大丈夫だけど雲雀さんに好きとか言われたら爆笑してあのひとの神経逆なでして屋敷破壊されそうだし、ハルとかビアンキとかクロームは巻き込んだら悪いし…」
「リボーンさんは?」
「それはたぶん俺がリボーンに殺されると思う」
「…ならいっそ、晴れの守護者の方でも良かったんじゃありません? 笹川さんなら、山本と似たりよったりな結果になるかもしれませんけど、めったに屋敷に居ないあの人ならここが壊される心配はありませんでしょう?」
「それがお兄さん先月から、こっちに戻ってて。なんか、人を集めてジムを開くとかなんとか…」
「…わかりました。それで私ですか」
ただ単に適当に役割を振られたわけではなく、消去法で自分は選ばれたらしい。
別に理由の有無などどうでもよかったが、こういう理由なら無いほうが良かったかもしれないとは思った。
「なら雲雀さんも無茶しないだろうし、上手くあしらってくれるだろう?」
「まあ、それなりには。こちらも屋敷を壊されてはたまりませんし。…それに私なら、どこをどうまかり間違っても彼に恋愛感情を向けることはありませんものね」
逆も然り。
そう指摘すれば図星だったのか、目の前の青年は少しだけ頬を染めた。
なんとまあ残酷な。
思わず悟りの境地に至って、ここではないどこかを眺めてしまう。
そんな彼女の様子に気付かない綱吉は、それもあるけど、と可愛らしく(二十過ぎの男に向ける言葉ではないが本当にそうなのだから仕方ない)小首を傾げた。
「ああすれば、は絶対俺を訪ねてくるだろう? ここのところ音信が無かったから心配してたんだ」
「………これだから天然たらしは」
「?」
「何でもありませんわ。ですけど、そうおっしゃる割りにこの一月、いつお訪ねしてもお留守でしたけれど」
内心の動揺を、質問でごまかす。
そうすれば動揺はボンゴレボスに見事に移った。
またしても視線を反らされる。
怪しい。この一月の間に彼に何が起こったのか。
「……あー」
「それに雲雀もあの一月前の珍事以来、見かけませんわ。てっきり貴方と一緒だと思い込んでいたのですけれど?」
男にしては線の細い肩が、ぎくりとあからさまに揺れた。
…まさか。
思い至った結論を、口にしようとした刹那。
三階にあるはずのこの部屋の窓ガラスが、蹴り破られた。
銃弾を打ち込まれたのでもなく、石を投げ入れられたのでも爆薬を投げ入れられたのでもなく。
もう一度繰り返そう。
蹴り破られたのだ、三階にある部屋の窓が。
「かくれんぼはお終いかい、綱吉」
ガラスの破片を纏って登場した黒色の獣が、壮絶に笑う。
「ひ、ひばりさんっ。なんでここが!」
「ここが三階だということは、きっともう問題では無いのでしょうね。…まあ、前は四階でしたし今更ですけれど」
彼女の呟きに、ふと黒服の青年は獲物から目をそらした。
その段に至って初めて己を認識したらしい彼に、はあいかわらずだと苦笑する。
「雲雀。一月振りですわね」
「。君が何でここに居る」
「あら釣れませんわ。つい先日、六道の十分の一の権利は頂きましたのに」
「ああ、もうアレ復活してたんだ」
「翌日にはピンピンと。憎たらしいことこの上ありませんわ」
「全くだね。けど、どうして君が綱吉と一緒に居るのさ」
「ばったりお会いしましたので、お茶を頂きながら世間話をしていただけですわ」
丁度、貴方のお話をしていたところです。
それだけの言葉でこちらの経緯を全てを察したのか、彼は鋭い一瞥を彼女にくれた。
「一応訊くけど、僕に盾突くつもり?」
そうならただでは済まさない。
言外の台詞に、ではなく視界の隅で石化していた青年が恐怖に震える。
たぶん、常なら是と応えた。
何故なら彼は彼女にとってかけがえの無い存在で、
そして唯一、共に在りたいと思う人。
例え彼が身内と判断した人間であっても、彼が害されるのなら黙ってなどいられるはずもない。
けれど。何事にも例外というものがある。
視界の端で縋るように自分を見る青年としっかり目が合って、彼女はにこりと笑った。
常日頃彼に向けているようなそれではなく、丁度骸や雲雀に向けているような笑み。
ぎしりと凝固した彼から、珍しくこちらの返答を待っている青年に意識を戻し、まさかと彼女は首を横に振った。
「一月掛りの壮大なかくれんぼの決着に、水を差すような野暮な真似は致しませんわ」
己が巻き込まれた騒動の『お仕置き』ならば尚のこと。
自分を心配してくれたのは大変嬉しいが、其れと此れとは別物だと、彼女は笑顔の下でそう結論付けた。
【あとがき】 H18.12.08
なんとなく、回を重ねるごとに長くなってきてる気がする番外篇です。そして登場人物も増えていく…。
次は晴れの守護者を予定。。。は未定ですが、そうなればいいなあとか。
何気にひばりさまとヒロインの会話が好き。殺伐としてて(え)
むっくとのやりとりもすきですけどね。
もうちょっとツナとヒロイン絡めたかったんですけど、ヒバリサンの回とむくろの回がつなげちゃった以上、ここで落とすしかなかったんだごめんよ綱吉。
その代わり連載じゃあ大活躍だから!(いつ書きあがるの其れ)
もおちょっとだけ待って下さい、来年の一月一杯まで(どこまでひっぱるつもり!?)。できたら今年中にせめて四話め上げたいと思ってますから、待ってやってくださいお願いします(泣)
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