は優雅な仕草で紅茶のカップを口元に持ち上げる。
 視線の先のソファには黙々と書類に目を通す、特徴的な髪型の青年。
 その笑顔が胡散臭い。
 その喋り方が嘘臭い。
 挙句の果てにはその存在すらもが胡散臭いと仲間内でこっそりと評されている霧の守護者(確実にそれは彼の耳にはいっているだろうけれど)。
 その微笑が張り付いたこめかみにひっそりと青筋が浮いている。それにもちろん気付いていながら、彼女ははんなりと微笑んだ。

「あら。どうもご気分が優れないようですが。どうかされましたか、六道」
「……僕は今日という日ほど己に課された業を呪ったことはありませんよ」
「まあ、そんな。何をそう悩んでいられるのかは分かりませんが、気に病む必要はありませんわ。貴方が貴方である以上、全ては今更ですもの」
「貴女のそういう優しさを装ってすらいない辛辣さが僕は大好きですよ、
「それはお互い様ですわね、六道骸」




 霊媒師と科学者の会話。



 それで、と彼女はソーサーにカップを戻す。
 一通り書類を読み終えたらしい骸が顔を上げ、外した眼鏡を応接間の机に放置した。

「貴方は何をそうイラついていらっしゃるの。それほど、私の仕事は雑でしたかしら」
「いいえ、君の仕事は悪くありませんよ。報告も事後処理も何の問題も無い」

 可愛げのないくらい完璧だと、書類の束を眼鏡の横に投げ彼は答える。

「それではこれから私と仕事をしなければならない現状が許せない?」

 でしたらそれはこちらも同じ心情ですわ。
 彼女は浮かべた微笑を引っ込めて胡乱な眼差しで骸を睨んだ。

「それこそ、今更じゃないですか。第一、僕と君が組むのは初めてじゃあない」
「なら、一体何ですの」

 問われた青年は珍しく、そのオッドアイを泳がせ。
 そして重々しく息を吐いた。苦々しい笑みが頬に浮かぶ。

「……単刀直入に聞きましょう。、貴女ここに来るまでに吐き気や眩暈はありませんでしたか」
「いいえ」
「身体が重いとかは?」
「全く」
「…ここに来るまでに事故に巻き込まれたり、いきなり物が降ってくるようなことは?」
「……そんなことがあったのなら、どうして私は五体満足にここにいるのでしょうね。六道、それのどこが単刀直入ですの」

 貴方らしくもない、と彼女はにっこりと笑って投げられた書類を回収する。
 そんな彼女の様子に観念したように骸は片手を上げて、その先を制した。

「わかりました。なら、最後に一つだけ」
「本当に最後ですわね」
「誓って。…、貴女いつも…いえ、とりあえず今日でかまいません。今日どういう道を通って、ここへ?」
「今日ですわね? 今日はまず朝、自宅の裏の墓地に行きましたわ。それから市内各地の教会を回って潜らせた部下から報告をもらいついでに、参拝して。ああ、ついでに寺院もまわりましたわ。東洋のお墓ってかわったかたちですのね。お昼の後は戦地跡の調査や、戦時中の監獄跡にも行きました。慰霊碑ですか? もちろん、礼拝しました。あとはそれから病院も寄りましたわね。生きのいい解剖材料が入りましたから、またいろいろ新薬が作れそうです。あら、そんな顔しなくても死者を冒涜するようなことはしませんわ。きちんと遺族の許可も頂きましたし、霊前でそう誓いましたもの。一度交わした誓いは破りません。ああ、あとここに来る直前に綺麗な公園を見つけたんですけど、そこも傍が教会だったのでついでに祈りを捧げてきましたわ」

 それがどうかしましたかしら、と彼女は途中から額に手を当てて肩を落とした青年に向かって微笑んだ。

「……ええ、まあちょっと」

 返答が疲れたような声音になったのは仕方の無いことだろうと、彼は自分を慰める。
 骸は果てしなく納得して、密かに視線を巡らせた。


 左目には映らないモノたちの恨めしげなそれらと、自身の紅の瞳のそれがかち合って。


 一通りの数を確認した彼は瞼を下ろして虚空に手を突き出し、次の瞬間にはその手に握られていた奇妙な三叉の槍の柄尻で床を一つ叩く。
 かつん、と乾いた音が響き。
 一拍置いてから、ざ。と締め切った室内に風が起こった。
 再び目を開ければ、色違いの双眸が捉えたのは感心したように己を見る少女のみ。
 骸は詰めていた息を吐いて、槍を手放す。霧のようにソレは掻き消えた。

「それが幻術ですのね」
「ええ、この槍はね。それより。今度からここに来るときはまっすぐどこにも寄らずに尋ねてください」
「まあ! 私がどこへどう行こうと私の勝手だと思ったのですけれど?」
「……なら、僕と仕事の話をする際は電話で済ませてください」

 正直に言って生者の相手をするよりも、死者の相手をする方が余程力を使うのだ。
 毎度毎度、あの数を連れてこられては身体が持たない。
 この生粋の科学者に説明したところで、同意はえられはしないだろうが。

(どうせ霊魂の存在から否定されて終わりでしょう)

 彼は無駄なことはやらない主義だった。
 同時に己の判断に絶対の信頼を寄せていた。
 だからこそ、が今日この六道骸の執務室に来て、初めて心から楽しそうに笑ったのに気付くのが一瞬遅れたのだ。


「あら。だったらもう墓地巡りをする必要もありませんのね」


 残念ですわ、と彼女はころころと笑う。

「………まさか、」

 一言呟いたきり、絶句する骸に彼女は更なる爆弾を突きつけた。

「それにしても最初は、どうしようかと思いましたわ。雑魚霊数匹では貴方に歯が立たないんですもの。最悪国中の墓地を回らなければならないかと思って、冷や汗が流れましたわ」

 よかったよかったと無邪気に胸を撫で下ろす姿は心底満足げだ。

「ちょっと待って下さい、貴女科学者でしょう!?」

 なのに何故そうあっさりとそんな発言をするのか。
 まるでそれでは、あの悪霊たちの存在に気付いていたようではないか。
 骸の叫びは「職業差別ですわよ、それ」の一言で、さらりと切り捨てられる。

「でも良かったですわね、皆さん憑き物が落ちたようなとても嬉しそうな顔で逝かれていましたわ。私もわざわざ五時起きで墓地を回って、迷われた方たちをお誘いした甲斐があったというものです」
「な」
「いいことをした後は気分が良いですわ。それじゃあ、六道。仕事の詳細はメールで知らせますから」
!!」

 ついに声を荒げた彼を、ソファから腰を上げた彼女は何気なさを装って振り返る。

「ああそれからお礼がまだでしたわね、六道」

 微笑を浮かべながら、細めた青の双眸だけが冷えた光を宿し、ひたりと骸を見据える。


「先日の催しはとても楽しませていただきましたわ、雲の守護者ともども」


 ひきり。と骸の顔が引き攣るのを見ながら、彼女は胸元にあったロザリオを引きちぎり机の上に落とした。

「差し上げますわ。…神のご加護があればいいですわね?」
「それは報復予告を兼ねて、遠まわしに六道輪廻を巡った僕を全否定してくれているわけですね…」

 引き攣ったままの顔で骸が呟く。

「私、貴方のそういう話のはやいところは大好きですわ」
 ふふふ。

「…ええ。僕も貴女みたいなひとは大好きですよ」
 クフフフ。

 視線を交わして、二人は互いに笑みを貼り付けた。
 ふふふふふ。
 クフクハハハ…



  *    *    *    *    *



 奇妙な笑い声が聞こえてくる部屋の扉の前で、一応ボスの名を冠する青年がドアノブに触れる一歩手前で固まっていた。

「なあ、リボーン。めちゃくちゃ怖いんだけど、ここ開けるの」

 恐る恐るそう言えば、傍らの少年がため息をつきながら嬉々として(長年の付き合いだからわかる、これはかなり楽しんでやっている)銃口を綱吉に向けた。

「何言ってやがるダメツナが。仮にもボスが、部下にびびってどうする」
「や、これは普通に誰だって怖いから。第一、雲雀さんもそうだけど、あの二人っていまいち俺のこと上司だと思ってないよね」

 三人が三人とも部下というよりは、人の上に立つ資質をもつ人間だ。
 だからどちらかと言えばこちらが頼み込んで依頼をこなして貰っている、と言ったほうが正しい。

「なら、あいつらが崇拝したくなるような人間になるよう、オレが直々に鍛えなおしてやろうか?」
「いや、確実に俺死ぬだろそれ。そもそも、あのひとらに崇拝されるような存在てどんなだよ」
「とりあえず不死身とかになってみるか?」
「それまず前提がおかしいけど、もし仮にそうなってもあいつらが俺に向けるのは崇拝じゃないと思う。雲雀さんは嬉々として殴りかかってくるだろうし、骸も笑いながらスキル発動しそうだし、にいたっては医療道具一式もってにっこり笑いそうだし悪いけど遠慮するっていうかほんと後生だからやめてください」

 俺は人間辞めたくないんです。
 不老や不死は人類が追い求めてきた永遠のテーマだ。だがそれは少なくとも現代では夢物語の一つでしかない。普通に考えれば荒唐無稽な話。冗談に決まっている。
 なのに、この少年が言うと冗談に聞こえないのは何故だろう。
 肝が冷える思いで一生懸命言い募ると、詰まらなさそうにリボーンは銃を懐に仕舞った。
 一応は諦めたらしい元家庭教師の様子に、ため息が漏れる。

「…ああでも、骸と雲雀さんが仲悪いのは最初からだけど、と骸はなんでこんなに仲悪いんだろ。雲雀さんはそれほどと仲悪くないのに」
「は。だからお子さまは」
「おまえそれは鏡見てから言えよ」

 ボスの苦言を鼻先で笑い飛ばした見た目お子さま、その実業界一の凄腕ヒットマンはついと人差し指で扉の向こうを指した。
 つられてボスはそちらを見る。その耳元に囁いた。

「ありゃあ、いわゆる『嫌よ嫌よも好きのうち』ってやつだ」
「……なんかいろいろ突っ込みどころ満載な台詞だけど、たぶん違うと思うなーそれ」

 普通好き合っている物同士で、殺気の遣り取りなどしない。
 分かっているだろうにこの少年がこんなことを言うのは、彼がボンゴレ内の誰よりもブラックジョークを愛しているからに他ならなかった。
 脱力しながら呟いた綱吉は、ノックをするために拳を振り上げる。
 扉の向こうからはいまだ、不吉な笑い声が聞こえていた。




















  【あとがき】H18.12.01
  『猛獣と〜』の続篇。たぶんあれの一ヶ月後くらいなんだけども…
  おかしい。おかしいよ、なぜ。私はただむっくとヒロインの口喧嘩を書きたかっただけなのに。
  むっくってお化けとか幽霊とか普通にみえそうだよねーとか思って、ヒロインも見えたら面白いなあとか思って書いてたわけですが。
  最終的に睨み合いの膠着状態になってしまって、どうにか落ちをつけようと綱吉とリボ様出したのがまずかったんでしょうね…。
  最初は綱吉と雲雀さんだったんですが、彼だとさらにまずかった(もっと収拾つかなかった)。
  この二人仲いいけどあくまでボスと元家庭教師なんで根底にあるのは
ひばつなですから(言い張る)!
  むっくとヒロインはまたそのうち挑戦します。
  ちなみにヒロインはひばりさまはきらいじゃないけど、骸は許容できないのです(本質的に似通ってて、とる行動までかぶるから)。
  骸はひばりさんが嫌いで、ヒロインのことも嫌い。けどひばりさんでからかうのは楽しくて、ヒロインに嫌がらせするのも楽しい(力的には五分五分で簡単にやられてくれないから)。
  こうして考えてみると、管理人の中でむっくはかなりひねくれている模様。



《戻る》