貴方に両手一杯の花束を 1
「様?」
小首を傾げた彼女は自分を呼ぶ声に我に返った。
「ほら、あそこに毛色の変わったおもしろそうな方が混じっていますわ」
傍らの自分付の護衛に、囁くように言う。
自分の誕生日という名目で開かれた、おべっかと腹の探りあいに満ちた出し物にはいい加減飽き飽きしていたところだったから、目新しい玩具を見つけたような気分だった。
視線の先に、三つの人影。
一人は、まるで抜き身の刃を思わせる、大多数の黒と少量の白で構成された、あからさまに不機嫌顔の青年。
一人は、もう一人とは対照的に愛想良さく笑みを浮かべた、どうも懐が伺い知れないオッドアイの青年。
両方とも鑑賞するに値する整った容貌だろう。
実際、先程から会場の視線は妙に一箇所に集まりがちだったから、恐らくはその中心に彼らがいたのだろうと思われる。
だが、生憎彼女は鏡を見慣れすぎていたから、今更周りと同じように騒ぐ気にはなれない。
それよりも、彼女が先程から気になっているのは。
暫く思考をめぐらしていたは、律儀に斜め後ろに控える青年を振り返った。
赤のドレスを身に纏った自分の姿が他人にどう映るのか。
少なくとも大企業の社長令嬢である事実と同じくらいには、彼に影響を及ぼしていること彼女は重々承知していた。
そしてそれを利用する術も。
「あそこまで私を連れて行ってくれませんか?」
「しかし、」
「父が気付く前には戻ります。せっかくのお誕生日ですもの、お友達の一人でも作ったところで罰は当たらないと思いません?」
あの子とお友達になりたいんです。
にっこりと華が綻ぶように。意識して笑むと、彼は渋々と頷いた。
彼女の視線の先で二人の青年に挟まれた三人目。
可愛らしい少女が、居心地悪そうにカクテルグラスを揺らしている。
長くて柔らかそうな茶色の髪と、蜂蜜色の瞳。白い襟の若草色のワンピースが愛らしい。
長身ではないが、それほど背は低いほうではないだろう。
すらりとした身体は中性的で、年齢は分かりづらい。色素が薄いが恐らく東洋人だろう。向こうの人間は、童顔が多いらしいから。
「ああ、でも本当においしそうですわ」
ふっくらとしたほっぺたは、きっと触り心地が良さそうだ。
幼子にそうするように、その柔らかな肌に噛み付いたら彼女は泣くだろうか。
「へ」
不穏な空気を察したのだろう。
小動物のように怯えた表情で少女(たぶん自分より年下だろうから、十七か十五・六辺りだと思う)がイチゴショートにかぶりついたまま、動きを止めた。
「ふふふ。ケーキの話ですわ」
「…君も食べる?」
「そうですね。では少し頂きましょうか」
にこにこと笑って、彼女はさりげなく少女の隣を陣取った。オッドアイの青年が目を細め、黒色の青年が不機嫌そうに眉根を寄せる。
だが、結局二人とも何も言わなかった。
がここに辿り着くまでに立ち位置が変わっていたから、たぶん少女に叱られるか窘められるか何かしたのだろう。
まあ自分が彼女を見つけたとき、この二人はまるで会場の人間の目に少女を写らせてたまるかとでも言うように仁王立ちしていたから、鬱陶しがられて当然だ。
勝手に納得しながら彼女は目の前のテーブルに並んだ皿から一つケーキを選び、皿に乗せる。
視界の端で自分の護衛が何か言いたそうにしていたが構わなかった。口に入れると柔らかなスポンジが口の中で溶ける。
「・・・おいし。」
意外だ。
「だよねっ。お…じゃなくて、わたしこういう場所で食べるの初めてなんだけど、結構いけるよね!」
「ええ。私も初めてですが、なかなかおいしいですわ」
そう答えると相手は不思議そうに目を見張った。
「君も初めて?」
「おかしいですか? 立ったまま食べるなんてはしたないと父に。立食の席の食べ物なんて誰が何を入れるか分かったものじゃない、とも言われましたわ」
もっと正確には、たった一人の後継者を毒殺されては叶わない!と。
別段反抗する気は起きなかったが、それでも今考えると少しもったいないことをしていたのかもしれない。
「こんなとこに同士が!」
ちらりと過去を振り返っていると、何故かひしと両肩を掴まれた。
「はい?」
そこまで興奮させるようなことを自分は何か言っただろうか。
戸惑いが伝わって、相手も我に返ったらしい。
「いやあ、お…わたしも家庭教師に同じこと言われたんだ。その上この二人なんか、飲み物まで取り上げたあげく、」
何となくその先の台詞は予想がついた。も同じ目にあったことがある。
「『どうせ、こんな席で出されるものに大したものはない』、とか?」
「そう! その通り!」
力説する彼女の背後で黒髪の青年は鼻を鳴らし、オッドアイの青年が笑みを深くする。
それを横目でちらりと確認しつつ、はそしらぬ振りをした。
「ふふ。やはり、女の子のいる家はどこの家でも似たようなものなのでしょうか」
「…いや、それは…そーなのかな」
少女は少し複雑そうに、頬を引きつらせて笑う。
「あの、えーと。それで、君は?」
視線が泳いでいる。どうやら背後の二人の機嫌を損ねたことに気付いたようだ。
なかなか気配に聡い少女だと、は感心した。
だからこそ、こんな青年たちを傍に置けるのだろうけれど。
「あら。私としたことが自己紹介がまだでしたわね。私はと申しますわ。あれはロバート」
「わたしはさわだつなよ「沢田。赤ん坊に殺されるよ?」じゃなくてツナです。ツナ・沢田」
あははーと笑って、頭を掻いた彼女は手のひらで後ろの二人を示す。
「こっちの黒い方が雲雀さん。で、こっちの電波な方が骸です」
「電波、ですか?」
「もしくはパイナッポーでも可です」
「…些かでなく不愉快な紹介のされ方ですね」
紹介されてようやく黒髪の青年が、に一瞥をくれる。
散々な紹介を受けた青年の方は流石に顔を顰めて、ちらりとこちらも視線を投げてきただけだった。
骸と呼ばれた青年は傍を通ったウェイターを呼び止めてオレンジ色の液体がゆれるカクテルグラスを受け取る。一口舐めて、ツナに手渡した。
「ほら。これをあげますからいい加減機嫌を直して下さい。でもこれが最後ですよ」
「えー」
「えーじゃないよ、下戸のくせに。ほら、このケーキも食べてもへーきだったから」
「あ、ありがとうございます!骸もありがとな!」
ほこほこと嬉しそうにツナが笑う。
「三人とも仲良しさんなんですね」
もにこにこと言った。
びきり、とツナが固まる。
「仲良しさん…」
「冗談。誰がこんな電波と」
「こちらこそアヒルと馴れ合うつもりはありませんよ」
この反応一つとってみても本当に仲がいいと思うのだけれど、本人たちはそうは思わないのだろう。
ある意味予想通りだったから、三人三様の答えにはわざとらしく小首を傾げてみせた。
「あら。違いましたか?」
「とんだ誤解だね」
「いい迷惑です」
同じタイミングで口を閉じ、同じタイミングで彼らは互いに視線を反らす。
「…そうですか」
こんなに息がぴったりなのに、それは残念。
そして好都合、だ。
「ツナさん、ちょっといいですか」
「ん?」
お皿とグラスを持った腕をひょいと引いて、は一歩壁際に。
もとより壁に近かったから、空いた左手は手を伸ばすだけで窓のない白い壁に触れた。
とん。
軽く押せばそこに、ぱっくりと暗闇が口を開ける。
「え、」
ツナが戸惑うように声を上げ。そこでようやく二人の青年が、こちらに視線を戻す。
「それでは」
ツナさんをお借りしますね。
壁に視界をふさがれる直前、血相を変えた二人にはにっこり笑って手を振った。
H18.11.22(ブログより移動)
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