えーと、えーと。
この状況って、もしかしなくても俺攫われた?
しかもどーみても素人に。
(やばいっ、またリボーンに一からしごかれる)
きっと、めちゃくちゃいい笑顔で。
貴方に両手一杯の花束を 2
がんっと壁を殴りつけた雲雀恭也は忌々しげに舌打ちする。
白い壁には傷跡一つない。彼が力一杯殴りつけたにも関わらず。
どう考えても、異常事態だった。
「いくら殴っても無駄だそうですよ」
涼やかな、それでいて癇に障る声が言った。
視線だけで先を促すと、六道骸は指先で会場の外を示す。
周囲の客たちが何事かとこちらを注目している。確かにギャラリーが多すぎだった。
「それで、そいつは何だって?」
あの気に食わない少女の護衛。
会場を出てすぐの場所で、困惑したようなどこか演技じみた表情で立つ男を顎で示して雲雀は言った。
「あれはこの屋敷の隠し通路だそうですよ」
「そんなこと見れば分かるよ。問題は何であの娘がその通路を使えるのかってこと」
「おや。気付いていなかったんですか?」
「…もったいぶらないでとっとと言えば。癪に障る」
おやおやと表面上は穏やかな表情で、骸は肩を竦めた。
いつもの相手の神経を逆なでするような軽口を叩かないところを見ると、実際心中は穏やかでないのだろう。
その程度の感情を読み取れるくらいには、雲雀と骸は付き合いが長い。不愉快なことに。
よりにもよって自分たちの目の前で、よりにもよって彼を掠め取られた。
なんて失態だと、ぎりと臍を噛む。
「という名に聞き覚えは?」
「さっきの小娘の名前でしょ。さっき名乗ってた…ああ、成る程」
そういえば。先日リボーンから受け取った書類に、その名があったことを思い出し雲雀は納得する。
興味がなかったから思い出す努力すらしていなかったが、確かに言われてみれば、それはこのパーティの主賓の名だ。
「ここの家の娘なら、隠し通路が使えて当然ってわけだね」
「正確には彼女しか使えないそうですよ。指紋認証まで備わっているらしいですから。因みに力技も、プラスチック爆弾でも持ち出さない限り無駄だそうです」
「・・・どんな造りの壁さ、それ」
自慢ではないが、自分が殴って無傷の壁なんてもの今までお目にかかったことがなかったのだけれど。
「さあ、僕には金持ちの考えることなんて分かりませんよ」
「まあいいよ。あの通路の出口は知ってるの」
男は首を横に振る。
「しょうがない。屋敷中、虱潰しに探すしかないね」
雲雀の言葉を受けて骸は男に屋敷の見取り図を持ってくるように言う。
その背を見送って彼は盛大に溜息を吐いた。
「…まったく、あの人はどうしてこうも一癖も二癖もある人間ばかり引き寄せるのか」
「同感だね」
互いに隣にいる人物がその筆頭だと思いながら、二人は件の人物を思い浮かべた。
(君は余程僕を怒らせたいようだ)
(とりあえず見つけたらおしおきだね)
―― 貴方が自分以外の誰かの手に落ちるなんて、我慢ならない!!
ぞくり。
襲った悪寒に綱吉は背筋を正す。
「どうかされました?」
「い、いや別に」
やつらだ。絶対あの二人だ。確信しながらも口には出来ない。
だって、言霊という言葉がある。言葉にしたとたん、それが現実になってしまいそうで空恐ろしい。
言葉にしなかったからといって、それが現実にならないわけではないという事実には目を背けて、綱吉はジャパニーズスマイルで誤魔化した。
怪訝そうにしていた少女は、何か察したのか結局それ以上突っ込んでこなかった。
肩で揃えられた金色の髪と、濃紺の瞳。
絶世の美少女とはこういう少女を言うのだろうと思わせる、その美貌。紅いドレスから覗く肌は滑らかで、掴まれた手首は温かい。
「あのさ、それよりこの状況って?」
ふふふ、と紅の引かれた唇が楽しそうに弧を描く。
(や。笑い事じゃないんだけども。)
下手をすれば血が流れる。主に綱吉の。
彼の心中を知ってか知らずか、は手元のランタンだけを頼りに、薄暗い通路を行く。
綱吉の手を引いて歩きながら彼女は「あなたとゆっくりお話したかったんです」と無邪気に呟いた。
「だったらあそこでも良かったんじゃあ」
「あら。女の子の会話に男の人が立ち会うなんて野暮ですわ」
あの人たちは何と言われても、あなたの傍から離れそうにありませんでしたから。
からかうように言われて改めて己の格好を思い出す。
男三人スーツ姿で出かけようとしたら、元家庭教師、現役コスプレマニアに呼び止められた。曰く、『華がない』と。一体、どんな言い分だ。
(あいつもさ。どうせ女装させるならあの二人にさせとけば良かったんだ)
そしたら、それはそれは素晴らしい美女が出来上がったことだろう。それこそ両手に花。
雲雀は分からないが、骸あたりなら悪乗りしそうだ。…それを考えれば、リボーンの選択は間違っていなかったのか。
「あなたの護衛はとても過保護ですのね」
「その辺はあえて否定しないよ……でもよくこんなところ知ってたね」
綱吉の言葉にがふと足を止める。
小首を傾げる動作はあどけない。
多分十八か、その前後。
青春真っ只中で羨ましいと、親父くさいことを考えていたら、まじまじとこちらを見るものだから何か変なことを言ったかと不安になった。
「このパーティの主賓が誰か、ご存知ですか?」
「え。クラウンのご令嬢でしょう?」
最近、その傘下を広げつつある大手企業。
特に製薬関連の業界では、クラウンの名はトップにランク付けされる。
「そうですわ。ではその令嬢の名はご存知?」
「そりゃもちろ……あー、なるほど」
ならば隠し通路の一つや二つ知っているのが当たり前。
というかもしかして本気でリボーンにしごき直された方が良いんじゃないの、俺。
少しばかりでなく自己嫌悪に襲われながら、肩を落とす。
って、そうじゃなく。この場合は先に口にするべき言葉があるはずだ。慌てて、傍らの少女と視線を合わせる。
悲しいかな、視線の高さがほぼ同じ。
「お誕生日おめでとうございます、さん」
そう言葉を添えると彼女は虚を突かれたように目を見張る。
それからふわりと華のように微笑んだ。純粋な打算のない、子供のような笑み。
「ありがとうございます」
今日、初めてその言葉を頂きましたわ。
小さな呟きと共に彼女は、右手の壁を軽くノックする。
がこんと口を開いたそこに、手入れの行き届いた庭が広がっていた。
ソレを見つけて骸は目を細める。
求めていた後姿とは似ても似つかない、無造作に隠された黒い小さな箱。
「貴方が僕らを護衛に選んだからには、それなりの理由があるとは思っていましたが」
これは厄介そうだと、興味無さげに彼は鼻先で笑ってその場を去った。
もし彼のボスがその場に居れば、血相を変えて彼を引き止めたに違いない。けれど、その場には結局誰も居合わせなかったから、不穏に輝いた色違いの瞳に気付くものは誰一人として存在しなかった。幸か不幸か。
同じころ、骸とは違う場所で、雲雀も同様の箱を前にしていた。
周りに人気がないのも同様。
「ワオ。上等じゃない」
呟くと同時、踵を返す。
ただしこちらは、それはそれは楽しそうに獰猛な笑みを浮かべて。
こちらもこの場に飼い主が居なかった以上、その後の成り行きは火を見るより明らかだった。
H18.11.22(ブログより移動)
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