貴方に両手一杯の花束を 3
「…ここは」
「私が造った、秘密基地ですわ」
にっこりと笑って、紅いドレスの令嬢は風で乱れた髪を掻き揚げる。
あまりの景色の美しさに言葉をなくした綱吉はただ頷きかけて、我に返った。
いやいやいや。
「ちょっとまってここ地下だよね」
恐る恐る尋ねれば飄々と彼女は答えた。
「あらよくわかりましたわね」
わからいでか。
「あれだけ階段下れば誰だって気付くよ。それに今、夜だし。それに何で風が」
「夜より昼のほうが好きなんですよ。風も」
「答えになってない、答えになってないからソレ」
というか。
「『私が造った』?」
造らせた、ではなく?
「空調機から人工太陽からの設計、流石に雑用は自作ロボットに手伝わせましたけども、この場にある私とあなた以外の全ての生き物は、私がこの手で造った生き物ですわ」
動物も昆虫も、植物でさえ試験管の中から生み出したのだと彼女は言う。
有り得ない、と普通ならそう言うのかもしれない。
あるいは彼女の正気こそを疑うべきなのだろう。
彼女はこの小さな箱庭の『神』なのだと、正しくそう言っているのだから。
自称神を、綱吉はまじまじとを見つめる。けれど結局静かに頷いただけにとどめた。
「そっか」
嘘じゃない。彼女はただ真実を告げただけなのだと、それこそ『直感』が告げたからあっさりとその言葉を受け止める。
なら君はこの子達のお母さんなんだね。
足元にじゃれついてきた小さな二本の尾を持つ子猫をあやしながら、思ったことをそのまま口にした。
非常識は今に始まったことではない。
赤ん坊のヒットマンを筆頭にダイナマイトや日本刀常備の同級生。
極限という言葉を魔法の呪文か何かと勘違いしているのではあるまいかと思われる先輩。
料理をすれば毒のフルコースな女性に、すぐに十年後に逃避する子供。
そして己を街の秩序と豪語した風紀委員長。
挙句、六道巡りに行って来ましたと銘打った電波な嘗ての敵。
数え上げればキリがない。
今更マッドサイエンティストな少女が目の前に居たからといって、特別どうなるというわけではなかった。
綱吉の切望する平穏が、また一歩彼から遠ざかるだけのことだ。
(ていうか、何で俺の周りってこんなのばっかり)
軽く自分の置かれた現実にこそショックを受けていると、どこか驚いたような眼差しの彼女と瞳がかち合う。
目線で問うと彼女はふわりと笑った。
「ツナさん。そこの蒼い花、摘んで戴けますか」
「これ?」
「ええ。それです」
花びらを幾重にも重ねた、薔薇のようにも見える花を手折る。
手渡そうとするとやんわりと押し返された、蒼い薔薇。
「それがあなたのお求めのものですわ」
「え」
「『生命の水』の原材料。これの場所を知りたくて、あなたはこんな化生の巣窟へいらしたのでしょう?」
するりと言われたその薬の名に、今度は綱吉が言葉をなくす番。
「どうして」
何故と目を見張る彼に、まじっくの種明かしをする子供のような顔で彼女は言った。
「あなたは良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎます」
場違いすぎると彼女は苦笑する。
「あなたのように見目の良い連れや賞賛の言葉より、ケーキ一切れとカクテルでいいと言う人間があのパーティーに招かれたりしませんもの。父はそういう意味ではとても現実的です。この【商談】を進めるのに、あなたのような人以上に性質の悪い人はいませんわ」
「【商談】。…ならやっぱり」
綱吉の言葉にはほんの少し表情を翳らせた。
オレンジ色の小鳥が彼女の肩に停まり、頬にすりよる。
「ええ。残念ながらお察しの通りです。…ツナさん、あなたがどこのどなたなのかまでは、今の私ではわかりません。本音を言わせていただくのなら興味も無い。だけど私はあなたになら、それを託せると思う」
今日出会ったばかりの自分をどうしてそんなに信じられるのだろう。
それに何より、彼女は己が何をしようとしているのか気付いているのだろうか。
裏切り者には死を。それはもうマフィアだけの常識ではない。
『だから貴方は甘いというんです』
苦々しげな幻聴が聞こえる。それでも言わずに居れなかった。
「でもそれだとさんが…」
肩の鳥を手に乗せて、彼女は綱吉の肩に触れた。
素直にそちらに飛び移った小鳥に彼女は目を細める。
「大丈夫ですわ、優しいひと。父は私を富と名声と同程度には愛しています。たとえ裏切られたと知っても、彼は自分の娘を殺しはしません」
「だけど」
俺は君の父親を殺すかもしれない。そんなことは、言えなかった。
言えなかったのに、彼女は全てを察したように笑う。聖母のように何もかもを許すように。
「あなたが気に病む必要はありませんわ。どちらにせよ今日、全て終わらせるつもりでしたから。あなたがあの最期の晩餐に混じっていたことだけが、私の誤算ですもの」
「さん?」
またこの少女は何を言い出したのだ。
疑問に思ったところで、身体の違和感に気付く。
ふらついた彼の手をとって、身体を支え彼女がささやいた。
「な、にを」
「私は何も。ただその花の花粉は、薬にした後よりもする前の方が即効性が強いんです。その代わり、効果も薄いし持続性もほとんどないから安心してくださいな」
(この状況のどこに安心しろと!)
むしろ不安要素ばかりだ。
彼女の言葉とか帰ってからのリボーンの反応とか、何より放置してきたあの二人の動向が!
「案内役を残しておきますから、目が覚めたらすぐここを出てくださいね?」
暗闇に落ちていく意識をどうにか浮上させようと努力する彼に、優しく彼女が言う。
「あの二人なら大丈夫。殺しても死にそうにありませんでしたから、すぐにあなたの元に戻るはずです」
(たしかにそうだけどそうだから問題なんだってばむしろ戻らないほうが心の平安が手に入るんじゃってそうじゃなくて)
「あの花粉の中毒にかかったキツネリスには蜜が効きましたから、人間にもそれなりに効果があるはずだとあなたを遣わしてくれた方にお伝えてください」
(知るかよそんなこと自分の口で言えよリボーンに伝えろよおれはそんなお優しくないしこんな遺書みたいな言葉ききたくなんかないから聞かない)
「それからお礼も。ねえ、ツナさん。私今日、あなたみたいな人に出会えて本当に嬉しかったんですよ。ここにこもってばかりだったから、誰かと食べるケーキがあんなにおいしいものだなんて知りませんでした。女の子の友達とのおしゃべりがこんなに心弾むものだったなんて思いもしませんでしたもの」
だからありがとう。空気が震えて、暖かな掌の感触が掴まれていた手首から消えた。
(うそだ、うそつき、うそばっかり!)
―― だったらなんでそんな泣きそうな顔で笑うんだ。
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「……沢田?」
「君らはよく人のことを電波呼ばわりしますが君らのほうがよっぽどそれらしいと思うのは僕だけでしょうか」
顔を顰めて骸が言うのは雲雀がこういった状況でボスの名を呼ぶとき、大抵彼は心理的か肉体的にか窮地に立たされていることが多いため。
逆の場合も然り。不本意だがその辺は実績があるので否定しても始まらない。
「うるさい変な分け目。非常識の塊に言われる筋合いはないよ」
「随分な言われようですが、僕も理不尽の化身にとやかく言われたくありませんね。それより彼に何かあったんですか」
「君には教えてあげない」
「…あなた子供ですか。まあいいですけどねあなたのソレは今更ですから」
雲雀が慌てていないところを見ると命に別状はないのだろう。
骸はそう判断して、つーんとそっぽを向いた雲雀に嘆息することにした。
顔を合わせば殺意を覚えるのはすでに互いに本能の域だ。
他人には、彼と自分は一見正反対に見えるだろう。
実際それは正しい感想だと骸も思う。
仏頂面と愛想笑い。
高圧的な物言いと柔らかな物腰。
何でもかんでも力任せの彼と理論を振りかざす自分。
他人にしてみれば、正反対としか思えない。
だが違うと当事者たちは、それこそ十年前に相対した瞬間理解した。
自分と相手は決して相容れない存在なのだと。
同属嫌悪。
理由説明はその四文字で事足りる。
服の趣味も感情の表し方も他人への対応も己の欲求の満たし方も。
一見正反対に見えてその実本質は同じだ。
仏頂面も愛想笑いも、他人への無関心と拒絶の延長。
表情を消して他人の存在を黙殺するか、それとも笑顔で他人との間に壁を作るのか。
結局はどちらも、それ以上こちらに踏み入ることは許さないという警告だ。
誰に対しても高圧的な物言いが出来るのは彼が他人を見下しているからで、
誰に対しても柔らかな物腰の対応が出来るのは彼が他人を蔑んでいるからにすぎない。
そして手段が力だろうと理論だろうと、どんな手を使っても自分の望みは叶えるという点に相違は無い。
(まるで鏡の中の自分を見ているようだ)
逆さまに映っていても根本的な何かがそっくりすぎて、反吐が出る。
在り方が同じ、求める場所が同じ、そして何より心から欲する相手が同じ。
これで殺意を覚えるなというほうが無理だ。
そもそも鏡の中の虚像と本体が並び立てるはずも無い。
なのにそれが叶っている現状は、ただ単に沢田綱吉という青年が引き起こした奇跡にすぎないのだ。
彼を間に挟むことでどうにか保っている均衡。だが、予想外な人物の登場でその均衡が大きく揺らぎそうになっている。
まさか自分に酷似した人間が、隣の青年以外に存在するだなんて思いもしなかった。
いや、思いたくなかったというのが正しいか。
(まったく、こんなことなら)
「目が合った瞬間に噛み殺しておけばよかった。君も、あの小娘も」
「珍しく同感ですよ、雲雀恭也。君が望むなら例え沢田くんが反対しても、今から六道巡りにご案内して差し上げますが。どうします?」
「やれるものならやってごらんよ。って言いたいとこだけど、それは後だね」
「――ああ、そうですね」
部屋の中の視線を一心に集めながらドアノブがゆっくりと回る。
扉が開いて現れた少女は楽しそうに小首を傾げた。
「あらあら。何だかとっても物騒な雰囲気ですわね」
ぐるりと強面の集まった部屋を見回して、彼女は二人に向き直る。
「ここは私の父の部屋だったと思ったんですけれど、違いましたでしょうか?」
それにはすぐに答えず、二人は数秒沈黙した。扉は慣性の法則にしたがって、何事もなくゆっくりと閉まる。
さて。まだ間に合うか。
骸と雲雀は揃って同じことを考えた。
H18.11.22(ブログより移動)
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