Act.0『long long ago』







 地上の人間どもはもちろん、神である自分にでさえ長いと思えるほど時間は経っていると言うのに、あの少女と出会った日のことは昨日のことのように思い出せる。

 壇上から見下ろした華奢な身体つき、月光のような銀の髪と伏目がちの紅い瞳は雪兎を連想させた。
 今にも壊れそうな儚げで美しい人形。
 それがあの少女に、あの場に居合わせた全ての者が抱いた第一印象だった。
 その印象が全くもって大間違いだということは、その数瞬後にその誰もが嫌と言うほど思い知らされたが。
 あれはウサギなどという可愛らしいものではない。
 そう。例えるなら、獣は獣でも誇り高き銀狼。
 固い意思の現れたあの瞳は、決して狩られる側のそれでないことは誰の目にも明らかだった。

 だからこそ、上層部はあれを敬遠し、自分はあれを大層気に入ったのだから。

「やーっと、出てきやがったか小娘。まったく今まで何処に隠れていたんだか」
 
 下界を映す水面を見つめながら、呟く。
 我ながら声が弾んでいる気がした。
 きっと今、自分はとても楽しそうな顔をしているに違いない。
 横に控えている二郎神が、またぞろ何を企んで…とでも言いた気に顔を顰めているのが気配で分る。
 が、今回ばかりはそれは冤罪だ。
 企んだのは自分ではない。他でもなくあの小娘なのだから。

『ほんとは諸悪の根源に押し付けたいところだけど、そうしたら余計ことがややこしくなりそうだし。ま、気分転換にはなるでしょ』

 用意周到なことに自分を除く天上の全ての者から、己に関わること全ての記憶を消し。
 今から下界に下りるのだと報告に来た少女は、そう言って笑った。
 記憶操作の理由は単純明快だった。

『だって寝首を掻かれたら堪らないじゃない』

 それがあの小娘の言い分。
 それなら何故自分の記憶は消して行かないのかと尋ねると、あっけらかんと言い放ったものだ。

『だって私がいなくなったら、観音の退屈病が酷くなるでしょ?』

 だから、消さない。

『暇つぶしに、上から見ててよ。ちょっかい出したくなったら、出せば良いし』

 私はやりたいようにやるから、そっちも好きなようにすれば良い。どうせ、やめてっていってもききゃあしないんだろうし。

『ちょっとした娯楽だと思って付き合ってよ。こういうのは観客が居た方が、やりがいがあるってものじゃない?』
 
 確かにな、と笑ってから『で結局、見物料とか言いながら後始末を押し付ける気だろう』と揶揄してやったら、『その手があったか』と妙に感心していた。
 彼女は昔からおかしなところで鈍い。

――あの日から、もう何年経ったのだろう。

 わかるのは、千や二千では足らないだろうということくらい。

「しっかし、お前らもよくよく縁があるみてぇだな」

 今、水鏡があの娘を映しているのは只の偶然。
 どういう意図があるのかは知らないが、本人はどうせまだその時じゃないとか考えて、自分の居場所を明確にする気はなかったのだろう。
 この時代に眠りから醒めたことすら、報告してこなかったのだから。
 それなのにこちらが、その居場所を知るはずもない。
 実際もし。
 今このとき、あいつらの様子を覗こうとしなければ、知らないままだった筈だった。
 口角が無意識に吊り上るのを感じながら、頬に手を当てる。

「確かになかなか面白い娯楽になりそうだぞ、

 本当に心底から面白がるような顔で、慈愛と慈悲の神――観世音菩薩は呟いた。

 



















 《あとがき》 H18.11.22(書いた日はもっと前ですが、本日アプ)
 何気にこのお方が一番好きです。かっこいいーていうかオトコマエーというか。
 私が書くと何故か半減してますが。ヒロインと観音様は悪友です。



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