その場を満たしていたのは、好奇心を孕んだ緊張と張り詰めた沈黙。
壇上の椅子に座した男は、低い声で眼下に伏した少女に告げる。
「行ってくれるか、華玖弥」
問いの形を取りながら、それでもその言葉は逆らうことの許されない絶対の命令。
その言葉の意味を誰よりも承知していながら、己の名を呼ぶその人に膝をついた少女は顔を上げふわりと微笑む。
何の翳りも見えない、花のような微笑。
「はい、父上」
答えたのは、柔らかくそして躊躇いのない声。
周囲の含みのある視線に気付いていなかったはずはない。
壇上の父が顔に浮かべた安堵の真意に気付かなかったはずはない。
それなのに。
少女はなお微笑みを消さず。
「空の国、三の姫。私、華玖弥は国のためとあらば喜んで龍王に嫁ぎましょう」
心からの言葉とともに彼女は深々と頭を垂れた。
* * * *
初めは只の夢だと思っていた。
三本目の木の葉の柱が、三代目と呼ばれた老人が倒されたその夜。
その事実の重さが見せた、夢なのだと。
けれど、その夢が三晩も続けば困惑を覚えないはずもなく。
旅の最中でさえその夢は毎夜途切れることなく。
それが半月にも及べば当然困惑は疑念へと変化する。
そうして今宵、全ての謎は満月の下に照らし出された。
『すまん』
どうして、毎晩あの老人が悲しげに自分に頭を下げるのか分からなかった。
『だが、これしかお前と里の両方を守る方法はないんじゃよ』
彼の人の助けと慈悲があったからこそ、今自分は仲間とともに在れるのに。
感謝こそすれ、謝罪される謂れなどないはずなのに。
だのに。
まどろむ彼に、彼の人は幾度も謝罪を口にする。
すまない、申し訳ない、と。
全てが明るみに出た今も、彼の思いは変わらない。
謝る必要などないのに。
そんな顔を彼の人がする必要などなかったのに。
そんな思いを胸に、彼はとある部屋へと忍び込む。
夜も更け、静まり返った世界。
けれど、彼が訪れることを予期していたかのようにその部屋の主は窓辺によりそい、そして彼の方を振り返った。
「…そろそろ来る頃だと思っていた」
伝説の三忍の紅一点。
五代目火影。
綱手姫は、悲しげに瞳を伏せ語る。
その様に申し訳ない思いに駆られながら、けれど現実から目を反らすことなど出来ないから。
だから、ただ言葉を待つ。
「……これからお前はどうしたいんだい?」
きっと、自分の言い出すことなど彼女にはお見通しなのだろう。
瞳はいまだ閉じられたまま。
「イルカ先生がさ、木の葉の里は今大変なんだって言ってたんだ」
兵力は落ち、けれど忍の里が他国に弱みを見せることなど許されない。
だから。
「オレが手伝ってもいい範囲でいいから、手伝わせてほしい」
表に立つことは出来ないけれど、闇に紛れてなら。
きっと一人でも、自分は大抵のことはこなしてみせる。
この里を、大切な人たちを守るためならきっとどんなことをしてでも。
暫らくの沈黙。
やがて女性は吐息混じりに、瞼を上げ分かったと呟いた。
「お前を暗部の一員と認める。面を選べ」
迷うことなく彼が選んだソレでさえ、彼女の予想通りだったようで。
「やはり、それか」
「……」
「分かっていると思うが、暗部と認めたとは言っても他の人間にお前の正体を知られるわけには行かない。よって、その面をつけている間お前は《カズハ》と名乗れ」
「カズハか…。サンキュ、綱手のばーちゃん」
一葉。
里に舞うたくさんの木の葉の中の、一枚。
お前は紛れもなくこの里の一員なのだと、綱手は言っているのだ。
ここにも、自分を思ってくれる人が居る。
その事実が、彼の力の源。
「ん。」
「何だその手は」
「どーせ、仕事は山積みなんだろ? 一つ二つなら、今からぱぱっと片付けて来てやるって」
「…まったく」
お前はなんでそう生意気なんだ、とぶつくさ言いながら、それでも彼に甘い五代目火影は机の上の書類の山から、一つ巻物を引っ張り出した。
「では、カズハ」
改まった声でそう呼ばれ、彼は手早く狐の面をつける。
「S級任務を申し付ける」
「は、御意に」
巻物を受け取り、すばやく目を通し、火を付ける。
巻物が燃え尽きるのと同時に、カズハの姿は部屋から消えていた。
「…無茶はするなよ」
もう聞こえないと分かっていながら、それでも綱手は呟かずには居れなかった。
例え聞こえたとしても、あの少年が冷静沈着に行動するとは思えなかったし、恐らくこの心配は無用のもの。
本当は隠されていた三代目の遺言書に目を通した時でさえ、彼女にはあの少年にS級任務など言い渡すつもりなどなかったのだ。
三代目の言葉が事実であっても、単独行動でS級任務をさせるなど、よほどの実力者でもなければ正気の沙汰ではない。
けれど、分かってしまった。
彼がこの部屋に入った瞬間に。
信じられないと、心のどこかが叫んでいたけれど。
彼の実力は、そのよほどのものなのだと。
それでも、本心としては危険が付き纏うのが分かりきっている橋など、彼には渡させたくはなかったのだが。
けれど彼の言うとおり『木の葉の里が今大変』なのは、火を見るよりも明らかで。
使えると分かっている人材を、私情で余らせて置けるほど現実は甘くない。
何より彼がそんな彼女の感傷を許してくれはしないだろう。
だから、敢えて彼女は闇に向かって言葉を紡ぐ道を選んだ。
「お前はいずれ火影の名を継ぐんだからな」
何が何でも生きて戻れ。
言葉にならなかった言葉は、暗闇と静寂の中に溶け、そうして夜は更にふけていく。
【あとがき】H18.11.22(書いた日はもっと前ですが、本日アプ)
スレ忍連載。
誰がスレてるかわかるかな?(ばればれだよ)
でもちょっとの間、カズハくんは出てきません。
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