第一幕







 ここは、木の葉の里の片隅にある、珍しくもない空き地の一つ。
 近所の子供たちが時折遊び場にしている時間帯以外では、そう人影を見る場所ではないのだがこの日はどうも違ったようだ。
 この空き地の常連客たちよりも幾分大きめの影が三つ、二時間ほど前から集まっている。
 無造作に積み上げられた土管の上に金の髪の少年が腰を下ろし、黒髪の少年がその土管に背を預け、桃色の髪の少女は地べたにしゃがみ込んでいる。
 多少の差異はあれど、どの顔にも呆れと疲れ、そして諦めの色が複雑に絡まった表情が浮んでいる。

「私、毎度毎度思うんだけど」

 溜息混じりに呟いた少女の名を、春野サクラと言う。

「馬鹿正直に集合時間通りに来る必要、あるのかしら…?」
「ホントにそうだってば」

 と、疲れたようにうずまきナルト少年が頷けば

「…まったくだな」

 珍しいことに黒髪の少年・うちはサスケ氏も同意を示した。
 どうやら、彼もよほど呆れているようである。
 しかし、やはりと言うべきか。
 三人の呆れを一身に集めている人物は、己の提示した時間より二時間十七分経過した現在も現れる気配すらない。
 まあ、それはいつものことなのだが。
 むしろ、すでにこの状況に慣れ始めている自分の感覚が一番恐ろしい、とサクラなどは思う。

(カカシ先生が時間通りに来たら、絶対不吉な予感覚えそうだもの)

 埒もあかない彼女の考えを、ふぁーあと盛大なあくびの声が遮った。
 頭上を振り仰げば、案の定ナルトが目尻に涙を浮かべている。

「こんなことなら、あと一時間くらいは寝とくんだったってば」

 どんな時でもハイテンションな彼には珍しく、ぼーっと目を瞬かせながらのたまう。

「馬鹿ね。どうせ、最近招集がないからって夜更かしばっかりしてたんでしょ」
「サクラちゃんひどいっ! オレだってさ、とっとと寝たかったんだってば。けど、いろいろ用事があってさっ」
「あー、はいはい」
「うわっ、その目はぜんぜん信じてくれてねぇー…」

 しくしく、とナルトが泣くのを尻目にサクラはここぞとばかりにサスケに話し掛ける。

「でも、こうやってカカシ先生に呼び出されるのって久しぶりね、サスケくん」
(けど揃って呼び出されるなら、サスケくんと二人っきりでも良かったのに!)

 それでもって二人はラブラブな時間を過ごすのよ、しゃんなろー!!!

「…、」
「どうしたの、サスケくん?」
「いや…」
(なんだったんだ、さっきの悪寒は…)
「サスケ?」

 ナルトにまでが訝しげな声をかけられ、サスケは仕方なく横に首を振った。

「何でもない。たぶん気のせいだ」

 そう告げると、

「はっはーん。ちょっと任務に出ない間に臆病風に吹かれやがったな、サスケぇ」

 鬼の首を取ったかのように勝ち誇った顔でナルトが彼を見下ろす。
 当然、沈着冷静そうに見えて(実際大抵の場合それは事実なのだが)、
 実は意外に(ごく一部のことに関しては、と彼の名誉のため注釈を付けさせていただきたい)頭に血が上りやすいサスケ少年の逆鱗に触れないはずもなく。

「…んだとっ、このウスラトンカチ」
「ウスラトンカチ言うなっ、馬鹿サスケ!」

 睨み合いが始まるのは、必然で。

「やめなさいよ、二人とも」

 サクラが止めに入るのも、また必然。

「こーらー。ケンカは駄目だっていつも言ってるでしょーが、お前たち」

 しかし、このタイミングでこの声が割って入るのはいかがなものなのだろうか。
 胸倉を掴み合っていた少年二人と止めに入っていた少女の三人が、ぴたりと動作を止め声の主を無言で見詰めるが、銀髪の男は一向に気にする様子はない。
 むしろ、腕を組み「ほんと進歩しないよなー、お前ら」などと呟いている。

「…カカシ先生」
「ん? 何だサクラ」
「何か、他に言うことありません?」

 輝くほどの笑顔を浮かべた少女の背に、黒いオーラが渦巻く。
 それに気付いた少年二人は知らず揃って後ずさったが、その笑顔を向けられた当人・はたけカカシ上忍は気後れする風もなくポンと手を打った。

「おお! 半月ぶりだな、諸君!! 今日はちょっと、故郷から息子に会いにきたお婆さんに道を聞かれ――」
「「はいっ、うそ!!」」
「……」

 集合予定時刻より二時間三十二分後。
 そうして、ようやく七班に任務が知らされた。






「空の国の姫の護衛、ですか? 私たちが?」
「そ。でもって、空の国まで迎えに行かなきゃなんないから、支度してくるように」

 じゃ、一時間後に。
 《木の葉瞬身》でさっさとこの場を後にしようとした担当上忍の服を、ナルトがすばやく掴んだ。

「おやー?」

掴まれた服とナルトを順に見下ろして首を傾げるカカシに、下忍三人は半眼を向ける。

「カカシ先生、それだけじゃ全然わかんないってば」
「そうですよ。大体空の国ってどこの国なんですか」
「いくらなんでも説明不足だろーが」

 珍しく一致団結して迫ってくる三人の剣幕に流石のカカシも押されながら、「お前ら、やる気満々だねー」などと乾いた笑いを洩らす。

「あんたがやる気無さ過ぎなんだよ」

 サスケが吐き捨て、サクラとナルトはうんうんと頷いたが、カカシは気にせず任務の説明を始めた。

「それじゃ、サクラの質問から答えようか」

 しゃがみ込み指で地面に簡単な地図を描く。

「言わなくても分かると思うけどここが火の国な。でもって、その周囲に散らばるようにして岩の国、雲の国、砂の国、霧の国とがあってだな。…これで五大国の完成。そうそう、ちなみに波の国はこの辺ね」

 あとは細かくなるから省くけど、と元暗部の男は顔を上げた。

「それで、だ。空の国はどこにあるかってことだけど。そんな国はこの地図上の、どこにも存在しない」
「「……は?」」
「…どういうことだ、それは」
「うーん、言い方がまずかったか。ま、逆に言うと、空の国っていうのはこの地図上どこにでも存在しうるってことだな」

 加えられた説明に、ますます三人は眉根を寄せる。

「…ねぇ。何だか、それって国が動いてるって言ってるみたいじゃない?」

 確かにそう仮定すれば、地図上に存在せずしかし同時に地図上のどこにも存在しうる、というカカシの言葉の説明は付きそうである。
 だがあまりにも現実味の無い自分の言葉に発言したサクラ自身も不安げだ。

「えぇ!?まっさかぁ」

 そんなことあるわけ無いじゃん、と笑うナルトにサクラも「そうよね」と安堵したように返す。
 サスケも無言で同意を示した、が。

「そのまさか、なんだよねー」
「「「………」」」

 気の毒そうなカカシの言葉に、三人の間に暫し沈黙が落ちる。

「どぇぇぇぇー!!?」

ナルトの叫びを皮切りに、

「そんな!」

 ありえない、とサクラが続き

「ちょっと待て。そんなもんが、勝手に動き回ってたら迷惑とかそういうレベルの問題じゃないぞ!?」

 サスケも珍しく、慌てたように言葉を紡いだ。

 モノがモノ過ぎる。
 国と呼ばれるほどの巨大な一団が国境を無視して動き回れば、混乱は免れない。

「サスケくんの言うとおりだわ。けど、そんな話題一度だって新聞に載ったことはない」

 信じられないわ、とサクラは言う。

「そ、そうだってばよ。飛んでるわけじゃ在るまいし、そんな大きなものが常に移動してたら絶対オレたちの耳にも入るって」
「ま、普通はそう思うわな。けど、ナルト」
「?」

 突然名を呼ばれきょとんとするナルトに、カカシは重々しく頷いて見せた。

「正解だ」
「はい?」
「え、どういう?」
「…」

 意味がわからず首を傾げる部下たちに、上司は簡潔に補足を加える。

「あー、つまり」

 しゃがみ込んだままの姿勢で人差し指を立て、天を指す。

「空の国は、空にある」

 もっと厳密に言うと、雲の上にあるらしいぞ?
 今度こそ絶句したナルトたちの前で、カカシは「おーい、聞いてるかぁ」とひらひら手を振ってみた。
 確かに空に厳密な国境は無い。
 無いが、しかし。

「信じられません! だってそんなの…物理的に不可能じゃない!!」

 我に返ったサクラの叫びに、落ち着けと身振りで示して

「ま、信じられない気持ちは分かる。俺だって今回火影様から任務内容知らされるまで、空の国なんてただの都市伝説だと思ってた口だしね」
「…都市伝説?」
「そ、お前らも聞いたことあるでしょ?」

 曰く、この空のどこかに空に浮ぶ国があり、月夜の晩のみ時折地上に降りたつと。
 曰く、その国は神の守護を受けた国だとされ、その守護により他国からの脅威を逃れるための術として空に在ることを許されたのだと。
 曰く、空の国を探るべからず。それが各国の闇黙の了解とされているのだと。

 故に彼の国は世の人々にこう呼ばれるのだ。

 その存在すらも不確かだと、はるか昔に創られた物語の姫君が、涙ながらに戻った故郷の名に準えて。

「…月の都」
「うそ、ホントに…?」
「でもさっ、でもさっカカシ先生! 空になんか、どーやって浮かんでるんだってばよ?」
「うーん。一説にはチャクラを利用してるって話だけど…」
「…それはいくらなんでも無理があるだろ。国と呼ばれるだけの人間が住む場所を、空に浮かべ続けるなんて芸当あの九尾にすら出来ないぞ?」
「うん。そうよね」

 サスケの言葉に、ナルトがピクリと肩を揺らした。それに気付いたのはカカシのみ。

「ナルト。あんただって、そう思うでしょー?」
「う、うん。サクラちゃんの言う通りだってば」
「まー、その辺は国家機密に関わることだろうからねぇ、俺たちがここで議論しても仕方ないでしょ。で、他に質問は?」
パンパンと手をズボンではたいて、立ち上がる。
「あ、はい!」
「じゃ、サクラ」
「空の国の姫様が、わざわざどうして木の葉に護衛の依頼なんか? ひょっとして空の国には、忍はいないんですか?」
「ああ、それね。あるにはあるらしいんだけど、ちょっと問題があるらしくてな」
「問題って何だってばよ?」
「それがなー。…ナルト、めかけって言葉知ってるか?」
「目描け? 何だそれ」
「…妾、だ。このドベ」
「だから! ドベドベ言うなって言ってんだろ!!」

 睨み合いを始めた二人をドードーと宥めて、カカシはナルトに説明する。

「妾っていうのは、俗に言う愛人のことだな。で、ここからが本題な訳だが、問題の姫君の母御は、まーその愛人ってやつだったわけだ」
「ふうん?」
「庶出の出ってことか」

 そういうこと、とカカシは続ける。

「それで、今回の俺たちの任務は二月後の婚礼の日まで姫君をお守りして、嫁ぎ先まで送り届けることなんだがなー。肝心の彼女の立場は結構危ういらしいんだよ」
「それって、『妾の子の癖に結婚なんて生意気』ってこと?」
「簡単に言えばそうだな。しかも、その嫁ぎ先っていうのが空の国にとってはかなり重要な相手らしくてな、どうも親戚連中とその直属の忍が怪しい動きをしているって話だ」
「…なるほど、な。つまり、身内は信用できないと」
「後ろから襲われちゃ堪んねーもんなぁ」
「それで、私たちにお鉢が回ってきたわけね」

 何の利害関係も無い木の葉の忍者なら、裏切りの心配は少ない。
 そういうことなのだろう。

「というわけでだ。言うまでも無く、今回の任務はAランクだ。これより約二ヶ月間、俺たち七班は空の国、三の姫・華玖弥様の護衛に当たる。説明は以上。覚悟はいいか?」
「もちろん!」
「フン、当然だ」
「当り前だってばよ!!」

 元気一杯の返事に、カカシは満足げに頷いた。



*    *     *     *



「うわ、珍し」
「――…人の顔みるなり喧嘩売ってんのかい、シズネ」
「いえいえ、とんでもない。ただ、綱手様が真面目に仕事してるんで感激しただけです」

 書類を片手で抱え、ドアノブに手をかけたまま本気でそう言っているらしい彼女に、五代目火影のこめかみに知らず青筋が浮ぶ。

(やっぱ、喧嘩売ってんだろ。こいつ)

 何時でも買ってやるぞと半ば本気で検討しながら、綱手は書類を捲る手を再開させる。

「そう言えば、もうそろそろ出発した頃ですかね。ナルトくんたち」
「あー、でもカカシのことだから、またぞろ遅刻でもしてるんじゃないか?」
「えぇ!?でもあの人が任務内容聞きに来てから、もうゆうに三時間以上経ってるんですよ?」

 そんな馬鹿なと、目を白黒させているシズネに綱手は止めを刺す。

「けど、ナルトの話じゃアイツの遅刻最高記録は五時間らしいからねえ」
「…ご?」
「五時間」

 丁寧に繰り返すと絶句する気配。
 暫らく沈黙が流れ、背に面した、開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んでくる。

「ご、五時間? 仮にも上忍とあろうものが…? ってあれ。綱手様、さっきまでこの部屋に誰かいたんですか?」
「ん? ああ、それか」

 シズネの目線の先の来客用カップに気付いて、綱手は軽く頷いた。
 自分が入れた覚えはないから、恐らく綱手自ら入れたものだろう。

「ちょっと、仕事のことでな」
「そうですか」

 そっけない答えに、そっけに返事。それで、その話は終了する。
 言う気のない相手に無理に聞かない。それが二人の間にある暗黙の了解だ。

「だーっ! にしてもあいつらが暫らく居ないのはかなり痛いな」

 貴重な戦力が〜、とガシガシと頭を書く伝説の三忍の一人を見てその部下は不思議そうに首を傾げる。

「確かに、この忙しい時にカカシ上忍がいないのは厳しいですけど。それは承知の上で彼らを派遣したんじゃないんですか?」
「うん、まーそうなんだが。正直手が空いてるので向こうの要望に答えられそうなのは、あいつ等くらいだったし。けどな、うーん。依頼人があの娘なら少し奮発しちゃった気がするんだよ」
「それはどういう…って綱手様!」
「何なんだい、急に大声上げて」
「あの娘ならってことは、空の国の姫と面識があったんですか!?」
 いつの間に!?と叫ぶシズネとは対照的に、綱手はどうも投げやりだ。
「あー? そっかお前はあん時いなかったもんな。確か三年くらい前だったよ。賭場で偶然隣りに座ってたんだ。それで負け込んで、やばかった所をいろいろとアドバイスしてくれてさ。あんなにボロ勝ちしたのは、あれが初めてだったね…って何だよその目は」

 それが最初で最後だったんですね、とも言えずシズネは目を反らす。

「…いえ、気にせず続けてください。結局、その人が姫君だったと?」
「いや、お姫さんだとは知らなかったよ。どうせお忍びか何かだったんだろ。だから私も、依頼受けたとき最初は分からなかったんだけどね。けど依頼書を見た時、写真の姫さんの顔にどうも見覚えがあるきがしてさ。おやっと思って記憶を探ってみたら」
「その時の人だった?」
「その通り。あー、多分あの娘のことだ、絶対私が火影になったこと承知で木の葉に依頼寄越しやがったんだ」
「? 何でそんなことわざわざ」
「勝負運、運んでくれた礼にって、もし何か困ったことがあったら、全力で力になってやるって私が約束したんだよ!」

 どうやら、その姫君の実力を思うだに、カカシたち程の人材を送るほどの任務ではないように思えるのに、恩義があるため出し惜しみするわけにも行かない――と、そう言うことらしい。

「そう言うことなら仕方ないんじゃないですか? 難易度が高い任務であるのは事実なんでしょう?」
「まーな。それにどうも依頼の本当の狙いは違うとこにあるみたいだし」
(…本当の狙い?)
 綱手がこういった判然としない言い方をする時は、聞いても恐らくはぐらかされることは分かっていたので、シズネは敢えて疑問を口には出さなかった。
「あー、でもなぁ」
「綱手様、諦めが悪いです」
「だってさー、あの小娘のことだから、絶対私がどういう状況に居るかも、それどころかこうやって私がジレンマに駆られるのでさえも承知の上だったと思うんだよ。それを思うと何か素直に恩返しする気が失せるのも分かって貰えるだろー?」
「……」

 この段に至ってシズネはようやく、話題の姫君に違和感を抱いた。

(い、今更だけど…そもそも、何でお姫様が賭場なんかに?)

「あのぉ、綱手様。一つお訊きしたいんですけども――、華玖弥様とは一体どんな方だったんですか?」

 恐る恐るの質問に、仕事の手を止めた彼の医療スペシャリストは「さあな、どんなって訊かれてもねえ」と肩を竦め、だけど――と厳かに告げた。

「もし、私があの娘の親戚の一人だったとしたら…」

 ひたりと、唾を飲んで続きを待つ部下の瞳を見つめて。

「あの切れ者を絶対に敵に回そうなんて考えないね」
「……」
(うーん、からかい過ぎたか)

 完全に固まってしまったシズネを前に、綱手は心の中でぽりぽりと頭を掻いた。
 脳裏に浮ぶのは三年前に出会った紅の髪と、金の瞳を持つ少女。
 嘘を口にした覚えはないが、それだけがあの姫の全てではなかった。
 只者ではないと強調してシズネを威したのは、半ば八つ当たりのようなものだ。

『困ったことがあったら、頼って来い。力になるから』

 かつて、彼女に自分はそう言った。
 その思いは真実で、そしてそれは今でも変わっていない。
 なのに、だ。

(そんなに信用がないのかね、私は)

 憶えていないのならば、それでも別にかまわない。
 そう言わんばかりに、あの依頼書には三年前の邂逅に触れるようなことは、一切書かれていなかった。
 あの写真に記憶を刺激されなければ、綱手とて見逃したSOS。
 そうして齎された依頼の詳細は、嘘はないが全てを語ろうとはしない代物で。
 先程さんざん部下に偏った情報のみを与えて、鬱憤をはらしたところだと言うのに、なにやら再び沸々と湧き上がってくる。
 その細工の端々に見え隠れするのは、最悪の事態に対しての備え。
 それは己の保身のためでなく、惨事に関係の無い者を巻き込まないためのもの。

(そうやって変なとこで遠慮してるから、いっつも最後に貧乏くじ引く羽目になるんだ)

 彼女は三年前のあの時も、器用に立ち回るだけの能力があるくせに、他人を慮って最後の最後に自分から貧乏くじを引いたのだ。

(まったく、相変わらず馬鹿なんだか賢いんだか)

 自分一人ではどうしようもないと判断したからこの里に救いを求めたくせに、それでも他に優先させるべき存在があるのなら見捨ててくれても構わない、そうあの姫は言っているのだ。
 けれどその気遣いは、何だか『期待してないから』と言われている気がして。

(遠慮もあんまり度が過ぎると、侮辱になりえるんだってこと…あぁ、きっと分かってやってんだろうね)

 それが彼女の彼女足る由縁。
 そして、恐らくそれこそが彼女にとっての最大の不幸なのだろう。

「まあね。危ないから深入りするなってラベル付きでも、協力して欲しいって報せてきただけ多少はマシになってんだろうけど」

 以前の彼女なら同じ状況にあっても、報せを寄越したかどうかも怪しいのだから。
 小さく溜息混じりに呟いて、一人の少女への思考を一度中断させる。
 彼女に対しては今の状況で出来うる限りの手は打ったのだから、自分が今すべきことは机に積まれた書類の山を片付けること。
 そう結論付けて、彼女は仕事を再開させる。

「シズネ、お茶」
「あ、はい!」

 慌てて駆け出した部下が遺した新たな書類の山に、眩暈を覚える。

(う。もしこれで、この半月カズハが片してくれた分がなかったら、ほんとに地獄を見てたな)

 これから二ヶ月、なかなかにハードな日々が待っていそうだ。



*   *   *   *



「お、早いな3人とも!」

 カカシが門前に立つ3人組に声を掛けると、

「か、カカシ先生が時間通りに来たってば…」

 ナルトがお化けでも見たような顔で言い、

「…ふ、不吉だわ」

 怯えたようにサクラが呟き、

「明日は雨か」

 雲ひとつない空を仰ぎサスケがうめいた。

「…。かなり失礼なやつらだね、お前ら」

 憮然と呟くとナルトがにししと笑う。

「こういうのを自業自得って言うんだってばよ」
「そうそう、日頃の行いが悪すぎなのよ」
「これに懲りたら、今後は自重するんだな」
「あー、はいはい」

 降参だ、というようにカカシは両手を挙げる。
 全員揃ったところで、空から小鳥がナルトの肩に留まり、カカシに要請されて門兵が門を開いた。
 下忍三人と上忍一人が門を越えたところでバサッと音を立て、小鳥は飛び立つ。

「五代目も心配性だねぇ、見送りつけるなんて」

 それを見送ってぼそりと呟くと、同じようにその飛翔を見守る少年が応えた。

「カカシ先生、それ違う」
「うん?」
「あの鳥は、よろしく頼むぞって意味だってば」

 そう語るナルトは何だか自慢げで。

「へぇ?」

 納得したのかしなかったのか、面白そうにカカシが返事を返した。

「ちょっと、カカシ先生」
「どうした、サクラ?」

 どうしたじゃないわよ、と桃色の少女。

「だーかーら、これからどうやって空の国まで行くのかって話」
「それはあとのお楽しみだとか言って、結局さっきは説明しなかっただろうが」
「あー、そういやそうだったな、忘れてた」

 悪い悪い。
 片手を上げて、謝る上忍。

「先生、実は全然悪いとか思ってないだろ」
「…あ、ばれた?」
「「「……」」」

 三人にじろりと白い目で睨まれて、彼等の上司は「冗談だって」と慌ててその場を取り繕ったが、『あれは絶対本気だったわ』とは後の春野サクラ嬢の言である。

「ともかく、だ。説明したように、空の国は遥か空の彼方で地図の何処にも載ってない」
「それは、さっき聞きました!」
「だから何処にあるかも分からない国に、どうやって行くかを聞いてるんだろうが」
「あのねぇ、ちょっと待ちなさいって。物事には順序ってもんが…」
「あのさ、あのさ」

 話してるとこ悪ぃんだけど、とどこかおずおずと言った態でナルトはカカシたちの背後を指差した。

「そこのおっちゃん、誰?」
「「…!」」

 サスケとサクラが驚愕したように背後を振り返る。
 驚きが緊張に入れ替わる、その寸前。

「空の国、華玖弥さまの遣いとして参りました。貴方様方が、私どもの依頼をお引き受けいただいた忍の方々だと思ってよろしいのでしょうか?」

 執事風の黒のタキシードを着た初老の男性が、厳かに尋ねてきた。
 カカシが「あちゃー、もうそんな時間か」しまったなぁ等と小声で呟いているのをナルトだけが聞きとがめたが、神経の図太い上忍は男を振り返ったときにはそんな呟きを露と残さず、真面目な顔で頷いてみせる。
「はい。私たちがその忍です」
「そうですか、では」
「あ、あの。カカシ先生?」

 この人は?
 ある意味当然のサクラの問いに、カカシが平然と答える。

「さっき、この人が言ってたろ? 依頼人の遣いの人だよ」

 でもって。

「この人が、俺たちを空の国まで案内してくれることになってるんだ」

 地図にも載っていない国に行く方法は、その国の人間に聞くのが一番手っ取り早い。
 つまりは、そう言うことだ。




















H18.11.22(書いた日はもっと前ですが、本日アプ)



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