第二幕
街は今、喧騒の中にある。
空が朱に染まり日が落ちつつあるこの時間、仕事帰りの人々や夕飯の準備に買出しに来た人々で通りは溢れ返っていた。
その中を、少女は歩く。
すれ違う一人一人の顔を盗み見ながら、まるで視界に入る全ての存在が愛しいと、そう言わんばかりの表情で。
風に舞う茶色の髪が、陽を受けて朱に染まる。
人々の間を縫うように歩を進め、やがて街を抜けた少女は高台に登った。
黄金の瞳を細め、楽しげに呟く。
「うーん、そろそろバレるかなぁ?」
その呟きに呼応するように、眼下の街はずれの一角が慌しい気配に満ちた。
それは本当に一瞬のことで、そこを注視していた彼女だからこそ、知覚できた変化。
腰のポーチから一眼の望遠鏡を取り出し、覗き込んで少女は「あ、出てきた出てきた。大分慌ててるみたい」と楽しげにコメントを入れる。
「これは見つかるのも時間の問題、かな」
しかし「でも、」と右目をレンズから外した少女の顔には、すでに笑みの欠片さえなく。
「まだ捕まる訳にはいかない」
今あそこに連れ戻されると言うことは、全ての終わりを意味するのだから。
例えそれがどんな結末を意味するのだとしても、彼女は己に与えられた宿命を手放してやる気などなかった。
これは、絶対に誰かが背負わなければいけなかった業。
ならば自分は喜んで引き受けよう。
「だれにも譲ってなんかあげないよ」
言って少女は身を翻し、脱ぎ捨てられた衣の黒だけが風に舞う。
それを合図とするように、日は完全に身を隠した。
* * *
「うっわぁ、月がでっけ―――!!!」
「こんの馬鹿!」
叫んだナルトの頭を力一杯サクラが殴った。
「〜〜っ!? 痛ぇよ、サクラちゃん!」
「煩いっ! ちょっとは周りを見なさいよ。人が見てるじゃないっ!」
涙目で頭を押さえるナルトを、腰に手を当てサクラが怒りの形相で怒鳴りつける。
確かに道行く人は、ちらりちらりと彼らに視線をやっていくが、どちらかと言えば今現在の注目の原因はサクラの方にあると思われた。
が、サスケとカカシは敢えて口を挟まない。
誰だって己の身は可愛かろう。
「……」
「ああ、お気になさらず。あれでもれっきとした忍の端くれですから」
あんなんで本当に大丈夫なのかという、先を行く案内人―オキナと名乗った―の視線に気付きカカシがすかさずフォローを入れる。
「はぁ、ならばよいのですが…」
オキナの視線に気付いたナルトとサクラも慌てて、作り笑いを浮かべる。
ナルト、サクラ、サスケ、カカシを意味ありげに順に眺め、彼は再び前へ向き直った。
「でもさ、でもさ」
前を歩く依頼主の代理人を意識してか、ナルトは小声で三人に話し掛けた。
「結局、どうやって俺らここに来たんだってば。ほんとにここって空の上なのか?」
「確かに謎よねー、だってこの部屋で待ってくださいって言われて大人しく待ってたら、はい着きました、だもん」
何の変哲もない隣りの里の宿の一室。
そこがオキナの案内した先だった。
疑問符ばかりの彼らに暫らくここで待つように告げ、そして次に彼が口を開いたのは窓の外が夕暮れを迎える頃。
カーテンを引き目を瞑るよう言われ、従うこと数秒。
声をかけられ目を開ければ、そこは聳え立つ門の中だった。
だから、四人にとってここが空の国だと実感できるモノは、空に浮ぶいつもよりも一回りは大きい月くらいのものである。
「恐らく目を瞑ったあの数秒間にあのおっさんが何かやったんだろうが…」
ちらりとサスケが目線でタキシードの背中を示す。
が、当然反応はない。
「ま、そーだろうけどな。しかし詮索はその辺にしとけ。所詮は、俺たちは外の人間なんだから、知る必要のないことを気にする必要はないさ」
「えー、でもぉ」
「やっぱ、気になるもんは気になるってばよ…」
「…」
カカシが咎めるも、三人は不服そうに言葉を濁す。
そんな部下たちに、担当上忍が溜息をついた、その時だった。
「! どうした、何が!?」
駆け寄ってくる人影に、慌てたようにオキナが声をあげる。
彼のもとに辿り着いたのは、屋敷勤めらしい中年の女性だった。
「そ、それが…」
後ろの四人に気付いてか躊躇うように口を閉ざした後、内緒話の要領で彼の耳元へ手を添え何事かを告げる。
みるみるうちにオキナの顔色が変わっていく。
「…どうかされましたか?」
カカシが訊く。
「い、いいえ。これは私どもの問題ですのでお気になさらず。それよりカカシ殿」
「はい、何か」
「申し訳ないが、ここからはあなた方だけで宿の方まで行って頂けますでしょうか。そこで、姫様がお待ちですので」
懐から出したメモにさらさらと宿までの道順を書き記し、一番近い位置に居たサクラに手渡す。
「あちらには私の名さえ出してもらえば、事情は分かってもらえる筈ですから」
「それは構いませんが、…私どもだけで、ですか?」
「ええ。何分、信用できる者が多くありませんから、姫様がこの宿に泊まっていること自体知っているのはごく一部の人間だけなのです」
申し訳ない。
そう言ってオキナは白髪の混じり始めた頭を四人に下げた。
その肩を女が急かすように突っつく。
わかった、と顔をあげた彼はもう一度軽く会釈をした。
「では、詳しい事情は後ほど」
「了解しました。私どものことはお気になさらず」
ありがとうございます。
そう言って、彼らは人ごみの中に姿を消した。
その背中を探るように見送っていた上忍を、いままで沈黙していた下忍たちが呼ぶ。
「カカシ先生」
「んー? 仕方ないでしょ、あちらさんもいろいろあるんだから」
いや、そうじゃなくて。とナルト。
「これってなんて読むんだってば?」
「どう読むって? …っていうか、サクラとサスケは何仲良く固まってんの」
ゆるゆると顔を動かしたサスケがサクラの手の中からメモを取り、カカシの方に投げつける。
三人の目に促され、メモに目をやったカカシは、一つ瞬いて。
一呼吸の沈黙の後「ははは」と笑いつつ頭を掻いた。
「…これじゃ、確かに読めないねぇ」
メモの中央を這うミミズ。
今の今まで気付かなかったのも可笑しな話だ。
おそらくこれがこの国の文字なのだろう、よくよく見てみれば周りの看板は―時折見たことがあるような字もあるが―ほとんど全てこの字が使われていた。
オキナにもたらされた報せは、よほど彼を混乱させていたらしい。
まあ、そう言ったわけで。
そうしてここに迷子が四人、放置されることとなった。
* * *
(くっそー、わたしとしたことがしくじった。まさかあいつ等の方に見つかるなんて)
最悪じゃない。
そう心の中で毒つきながら、夜の街をは走る。
走る足を休めることなく、何の前触れもなく彼女は軽く腰を屈めた。
と、その頭上を何かがかすめ、飛んでいく。
――カッ
いっそ小気味の良い音が裏路地の先、行き当たりの壁から。
(ま、救いは見つかったのが下っ端の下っ端だったことよね)
そこに突き刺さったクナイを見つめつつ、思う。
追っ手を振り切るように横道に身を踊らすと、先程とは別方向―どうやら道沿いに立つ建物の上―から手裏剣が立て続けに彼女が走っていた通路の地面へ突き刺さる。
(うわ、増えたし)
仕方ない、と彼女は人通りの多い路地に飛び出した。
出来れば大事にはしたくなかったのだが、そうは言っていられない。
(これだけ、人が居たら流石に向うも迂闊に手は…)
こめかみを掠めたクナイに、は思考を止めざるをえない。
「……」
休むことなく立て続けて投げられるそれらに、その場は混乱の渦に巻き込まれ、人垣が割れるように彼女に道を提供する。
一つ、一つと、てんで的違いな場所にささるクナイと手裏剣を見るたびに、の額に青筋が浮ぶ。
いつの間にやら追跡者の数は両手の指で数えなければならないほどに、増えてしまっていた。
「!? 危ないっ!!」
投じられたクナイの先に、逃げ遅れたらしい幼子を認め彼女は悲鳴を上げる。
何とか間一髪で横合いから跳び付くようにして子供をその軌道から外したが、自分の頭の中でぷちりと何かが切れる音を、確かに聞いたような気がした。
「…」
ゆらりと立ち上がった獲物の只ならぬ雰囲気に、困惑したように追手たちも足を止める。
おもむろに、何の違和感もなく自然な手つきで地面に突き刺さったクナイを抜きとって。
「狙いもちゃんとつけれない奴が、大通りでクナイなんざ投げるな…」
振りかぶって、一投。
「このヘタクソ!!」
見当はずれな方向に、それは飛んで行った。かに見えたのだが。
どさりと、妖しげな格好の人影が落ちてくる。
「…あ、」
しまったと口を押さえた時にはもう遅い。先程までとは段違いの殺気が彼女を襲う。
(いや、確かに狙って投げたけどさ。私も)
予想の出来ない自分の行動に戸惑ったのは分かるが、ど素人の投げたクナイに仮にも玄人が当たるとは一体何事か。
落ちてきた男が痙攣しているところを見ると、どうもあのクナイには痺れ薬でも塗ってあったらしい。いくらなんでも、足を狙ったあれが致命傷になった筈はない。
(うわ、ちょっとでもかすってたらアウトだったのね…)
相手を甘く見すぎていたようだ。
ようやく姿を現した黒ずくめの追手たちからじりじりと間合いを取って、そうしてその分だけ間合いを詰められる。
先程までの、無駄な追跡が嘘のようにそつのない行動。
(うーん、敵さんかなりご立腹?)
まあ、こんな小娘ごときに遅れをとった同僚に対する物もなくはないのだろうが、しかしそれをこちらに向けてくるのはどうも逆恨みとしか思えない。
いつの間にか前も後ろも進路を断たれ、仕方なく通り沿いの建物に逃げ込むしかなかった。
「で、何でこうなるかな…」
全くついていない。
本当についていなかった。
強くなってきた夜風に、被っていた野球帽を押さえ目深に被りなおす。
あちらさんに周囲を気にする余裕がない以上、人の居ない場所へ逃げる他なかった。
だから、非常階段を駆け上り、屋上へと逃げたのだ。
この建物の密集する街ならば屋根伝いに逃げることも可能だと、そう思ったから。
だというのに。
何故よりによって…。
「な、誰!?」
「何だこのガキ…とっとと失せろ!」
屋上のドアを蹴り開けたとたん視界に入ったアベックに、心底めまいを覚えた。
「悪いこと言わないから、とっとと逃げなさい!」
それは、心からの忠告だった。
しかし。
彼らが何事か―恐らく悪態だろう―を口にする、その前に。
「――っ!!」
横に飛ぶように避けると、先程までの急所があった場所へ的確にクナイが飛んできた。
寸前で避けた彼女を追って雨のように降ってくるクナイを、そのまま転がるようにかわす。
「あれを避けるとは、なかなか勘のいいお嬢さんだ」
「…馬鹿にしてるの? あれだけ殺気向けてきたくせに」
あんなの赤ん坊だって気付くわよ。
膝をついたの鋭い眼光の先には、白髪の老人。
黒の忍装束を身につけた彼は屋上を縁取るブロックの上で、月を背に器用にも一礼して見せた。
風をもろともせず、その足元に揺らぎはない。
「気付いても、恐ろしさに身を竦ませてしまう人間がほとんどなんだが。なるほど、噂で聞いた以上に豪胆な娘だ」
殺してしまうのは、ホンに惜しいな。
老人が苦笑する。
だが、殺気は已然消えていない。
十中八九どころか十中十、本気なのだろう。
彼は自分を殺しに来たのだ。
(ああ、もう。何だってこう次から次へと)
自分は不幸の星の下に生まれついたに違いない。
内心毒づきながら、それでも冷静さだけは失わないのが彼女の長所の一つだ。
「惜しいって言うなら、見逃してくれればいいじゃない」
暗殺者と一言に言っても、いろんなタイプを見てきたが、この老人は仕事に遊び心を求めるタイプのようだ。
そう判断して、は軽く挑発するように眉を上げる。
案の定、忍は肩を竦め答えた。
「すまんな。一応、これでも仕事なもんで」
「あ、そう。まあ期待してなかったけど」
ところで、と彼女は警戒を解くことなく、けれど無邪気に微笑んで見せた。
「お宅のところの小鳥はお元気?」
その一言に、感心したように軽く老忍は目を見張った。
(ビンゴ、か。やっぱりね)
自分の読みが当たっている確信はあった。
ただ、証拠がなかっただけ。
「まったく、ホンに惜しいな」
「お褒めに預かりどうも。感心ついでに、転職の話聞いてみない? わたし、いいところ知ってるんだけど」
「わしを勧誘するか。くっくっく…成る程、あの方が危険視なさるわけだ」
一見穏やかな、しかし水面下での壮絶な闘いが月明かりの下で続く。
が、その穏やかさに惑わされたのか、今まで呆然と成り行きを見ていたアベックの男が愚かなことに声をあげた。
「あ、あんたら一体…」
「おや、まだおったのか?」
「っの馬鹿」
忌々しげな呟きを吐き捨て、は背後のドアを見やる。
(あー、もうなんで!)
その様子を見て楽しげに老人は肩を揺らした。
「成る程成る程、無意味に言葉を紡ぐようなお嬢さんではないとは思ったが。そやつらからわしの気をそらし、さっきのあやつらが来て、三つ巴になることを期待しておったのか」
「……」
「しかし、期待していたところすまんが、わしとしても邪魔が入るのは困るで先手を打たせてもらったよ」
「どういうことよ?」
「それは企業秘密。だが、あやつらがそのドアを開けることはなかろう。というよりも、この建物自体から出ることもかなわんだろうて」
「…結界、それとも幻術ってとこ?」
質問と言うよりは、確認といった感じで。
「そんなところだな。しかし、なかなかに詳しいことだ。もしや、忍術をかじったことでもあるのか?」
「まーね。けど、それほど自慢できるほどのものじゃないから、期待してもらっても困るわよ」
「それは意外。お主なら下忍程度の実力で終わるまいに」
「そうね、確かにわたしが忍の子ならそういう道もあったと思うわ」
「…成る程、な」
張り詰めた空気の中、それでも世間話のような軽口がと老人の間を行き来する。
だから、前触れもなく彼女が切り出した本題も、軽口の延長のように現実味を帯びていなかった。
「で。わたしを殺すのが決定事項なのは、ようく分かったけど。ちなみに、そこの二人はその後どうするつもり?」
今まさに自分たちの運命が決められようとしていると悟り、男女は怯えたように寄り添った肩をピクリと振るわせた。
「そうだな。あんまり面倒なことは嫌いなんだが…後のことを思えば目撃者は少なければ少ないに越したことはないだろう」
は「分かってたけどね」とでも言いたげに、溜息混じりに首を横に振った。
その緊張感のないしぐさは、諦めにも似ていて。
だから。
「そう」
頷いた彼女は、目を細め表情を消す。
「じゃあ、わたしも殺られるわけにはいかないわね」
刹那、一変した少女纏う空気にその場にいた全員が本能的な恐怖を覚えた。
彼女の何がどう変わったわけでもない。
ただそう、先程までの軽い口調が、ほんの少し平坦なものへ。
ほんとうにたったそれだけのこと。
なのに、だ。
(っ!! 何だ、この威圧感は!?)
これが、二十歳にも満たない小娘が放てるレベルのものなのか。
老忍の一瞬にも満たない戸惑いを、は見逃さなかった。
(しまっ…!)
足元のクナイを手に動いた少女に、暗殺者はとっさに構えて。
――ドンッ!!
「なっ!?」
「「えっ!?」」
目を見開いたのは、老人だけでなく、少女に突き飛ばされた男女も同じ。
この屋上に手すりや柵などという親切なものは存在しない。そして、予期しない突然の衝撃に二人が反応できたはずもなく。声もなく二つの影は闇に消える。
「…血迷ったか?」
「失礼ね。ただ単に」
言葉の途中、先程二人を突き落とした場所から下を見下ろしは安堵したように、口元を緩ませる。
ドサッといった感じの大きな布に重いものが落ちてきたような音。
どよめきと、暫らくのざわめきの後「生きてる!」という歓声が上がった。
「地の利は私の方にあっただけよ、お城住まいのお爺さん?」
「ほほう。これは一本取られたな。ふむ、どうやら気絶はしているようだが、この高さであのテントがクッションになったなら命に別状はなさそうだ」
「これで、今わざわざあの二人に止めを刺しになんか行ったら、もっと面倒なことになると思うんだけど」
「まあ、仕方ない。お嬢さんの狙い通り、あの二人は諦めるとしよう。…だが、一つ聞いても?」
の無言を肯定と受け取って、忍は問う。
「何故、お主も一緒に飛び降りなかった?」
「私まで行ったら、目撃者云々関係無しに襲ってくる人間が目の前に一人居るからね」
「そうか? お主一人なら、さっさと裏路地に逃げられたかも知れんぞ」
「逃がすつもりなんてさらさら無いくせに。けどま、どっちみち問題があるから」
それは無理ね、と。
「問題?」
「あんたが閉じ込めてくれた連中。正直助かったんだけど、多分アレ全部じゃないから。なまじあの時居たのって下っ端ばっかりだったから、ヘタに裏路地なんか入ると厄介なのに出くわしかねないのよ」
「お主の命を奪うわしよりも、そやつらの方恐ろしいと?」
プライドを傷つけられたとでも言うように、老爺は不快げに顔を歪めた。
それに気付いては苦笑する。
「そ。まだ、奪われるって決まってないけどね。質問は終わり?」
「いや」
「!?」
何の予兆も無く眼前に現れた顔に、は息をすることさえ許されなかった。
「息の根を止める前に、もう一つ、な」
「びっっくりした…急に、人が降ってくるんだもの」
サクラが胸を撫で下ろす仕種をして、仲間たちを振り返った。
半壊したテントの周りには、野次馬よろしく人だかりができている。
「ほんとビックリしたってば!」
ナルトはうんうんと同意を示したが、
「ま、あの分なら命に別状ないでしょ」
「自殺か、迷惑なことだ」
カカシとサスケはそっけない。
いくらテントがクッションになったとは言え、その衝撃は吸収し切れなかったらしい。
加えて、その衝撃でテントの下に居た人間にも負傷者が出たようだ。
運び出された男女に続き、布や手で傷口を押さえた人々が人垣の間からぞろぞろ出てきた。
「しかし、参ったね。まさか言葉まで通じないとは…」
これは片っ端から看板見て回るしかないかなー、と夜空を仰いでカカシ。
「えぇ、そんな!?」
「…まったく」
「仕方ない、他に方法はないし。ともかく、行くぞ」
というカカシに続き一行は歩き出した。
のだが。
「ナルト? どうしたの、さっさと行くわよ!?」
黙りこんだまま、いつまでも動かないナルトにサクラは訝しげに声をかける。
「…なぁ、サクラちゃん」
ぽつりとつぶやく声に、サスケとカカシが何かに気づいたかのように足を止め、ナルトが見上げる五階建てのビルを振り返った。
「あれ、どう思う?」
そう問うたナルトの顔はいつになく真剣で、咄嗟にサクラは返事ができなかった。
「…大した娘だ。あの距離で反応するか」
初太刀は辛うじてクナイで防いだものの、
「だが」
続く二太刀・三太刀で隅に追いやられ、
「ここまでだな」
四太刀目で手からクナイは弾かれた。
老いたその細腕からは想像できないほどの力で少女の襟元を掴んで、持ち上げる。
忍の顔に浮ぶのは、複雑な表情だ。
「しかし、つくづく惜しい…。生まれが生まれなら、喜んで――」
「・・る・・さい」
それ以上は聞きたくもない。そう語る瞳に苦笑が返って来た。
「…ずっと引っかかっていたんだが」
「な、にが」
「なぜ、のこのこと姿をあらわした。お主なら追手がかかることくらい、簡単に予測できていただろう? どうして、死に急ぐような真似をした」
同情したというわけでも、躊躇っているというわけでもなく、只疑問に思っていたから口にした。そんな感じの口調だった。
恐らく、先程言っていた最後の質問とはこれのことなのだろう。
「…べつにっ…死に…急いだ、わけじゃない、わよ」
苦しげに言葉を繋げながら、金の瞳に宿るのは絶対の意思。
「ただ…どんな、危険を…犯しても。譲れない、ものが…ある…だけ」
だから隠れているわけには行かなかったのだと、彼女は言う。
例えそれが命を危険に晒らすことになっても。
「愚かな。それで命を落としては意味がなかろうて」
「―――」
哀れみさえ感じさせる言葉に、は反論しようと口を開ける。
だが、息がもう限界に近く声が出ない。目が霞み、意識が朦朧とし始めていた。
(どう、する…?)
この老人の手から逃げる手がないわけではなかった。
今の状況で使える策は二つ。
観念して助けを呼ぶか、それとも多少の周囲の被害には目を瞑ってアレを使うか。
一つ目のその策を取るくらいなら自分は、このまま死を選ぶ。
だから、二つ目のそれしか選択肢は残されていないのだが。
(けど、)
この状況でその手を使うということは、追手を含め自分を探しているだろう人物たちに己の居場所を教えてしまうことになりかねず。
奥の手を使って体力が大幅に削られてしまった後では、それらから逃げ切れる自信はない。
だがそれでは、一つ目の策を蹴った意味がなくなってしまうのだ。
「まあ、よい。それが我らの価値観の相違なのだろう。共感は出来ぬが、理解は出来る。律儀に答えてくれた礼だ、せめて苦しまぬよう―――」
(…っ!)
白濁としていく意識の中での葛藤の上に、喉元に触れた金属の冷たさが焦りを呼ぶ。
だから、老忍よりほんの一瞬。
それらの気配に気付くのが遅れた。
「!!」
「―――っ」
飛来したクナイ。
解放された首元。
そして唐突に感じる浮遊感。
断片的にそれらを受け止めて、何者かが投じたクナイを避けた老忍に屋上から放り出されたのだと理解する。
(参ったな)
先程のテントはすでにもう半壊に近い。
それにクッションの役割を期待するのは、無茶な注文と言うものだろう。
(転落死か…一思いにぐっさりの方が良かったかも)
いささか呑気な、しかし内容を思えばそうとも言えない思考を中断させたのは、次いで目の前をよぎった金色のためだった。
気がつけば新たに現れた影に抱き抱えられる格好で、屋上に連れ戻されている。
蒼い瞳が心配げにを見て、金色の髪の少年は咳き込む彼女をゆっくり地面へ立たせた。
「大丈夫か? …って、言葉通じないんだったてば。どーしよー、サクラちゃん」
「どーしよーってあんたね」
続いて少し離れた地に着地した桃色の髪の少女が、呆れたように言う。
「とりあえず、そいつを倒せばいいんだろ」
此方より幾分高めの、隣りのビルから降ってきた黒髪の少年がそう不機嫌に言った。
「あ、サスケ! てめぇ、クナイ投げるにしてもちょっとは考えろよ。この子が落ちたら、どうすんだってばよ!!」
「その時は、お前がどじっただけの話だろうが」
言外にお前の責任だと言い捨てて、サスケと呼ばれた少年はさっさと困惑している老忍に対峙している。
ムキーっと地団太を踏む金色の少年の横で、は頭の中を整理する。
(この言葉、それにこの子達がつけてる額当て…)
「こらナルト。いつまでもふざけてないで、ちゃんと構えろ。あの御年寄り、なかなか只者じゃあなさそうだ」
「分かってるってば、カカシ先生」
(!?)
背後に唐突に気配。
振り返れば銀髪の、額当てを斜めにつけ隻眼となった男。
目が合うと、安心させるように微笑まれてしまった。
恐らくは彼がこのチームの指揮者。
「ほほう。その言葉に、額当てのそのマーク。地上の、木の葉の忍か」
と同じ答えに至ったらしい老忍が物珍しげに、語る。
四人の闖入者にも、理解できる言葉でもって。
「「「!?」」」
「ご老人、俺たちの言葉が分かるのか?」
銀髪のカカシと呼ばれた男の詰問に老人は笑って答えず、
「三人は下忍といえど、この老体で四人を相手にするのは厳しいな。すまないが、出直させてもらうとするよ。…ではまた、お嬢さん」
突風とともにその姿は掻き消える。
「ちっ、逃げられたか…!」
ずっとしかける隙を狙っていたサスケが忌々しげに呟くのを聞きながら、は老忍の変わりにカカシの問いに淡々と答えた。
その目は、たった今自分の命を狙っていた忍が姿を消した場所から動かない。
「…この国の忍は、地上の言葉が話せることが第一条件だから」
「! あなたも喋れるの? じゃあ、あなたも――」
忍なの?と言いかける桃色の少女・サクラの言葉を、首を横に振って遮る。
「わたしはまた別口」
それより、と頭をぴょこんと下げてから、はにっこりと四人に微笑みかけた。
先程まで命の危機にされされていた者とは思えないほど、しっかりと声を紡ぐ。
「助けてくれて、どうもありがとう」
「気にするなってば」
「そうそう、それより間に合って本当によかったわ」
「…フン」
「うーん、まあ大した怪我がなくてよかった」
はその言葉に頷いて、
(そう言えば、あのじいさんこの建物にかけた術解いていかなかったみたいね)
ちらりと思う。
ドアが開いて追手が雪崩れ込んでこないところを見ると間違いないだろう。
どうやら持続性のある術だったらしい。
術者が居なくなった以上、あと数分もすれば勝手に術は解けるだろうが。
(わざわざ解く程の余裕がなかったのか、それともわたしがあいつらに捕まらない方がゆくゆく好都合だと踏んだのか)
恐らく両方な気もするが、どちらにしても気の利いた餞別である。
と、ふと視線に気付き、いつの間にか足元を向いていた顔を上げる。
「…え、と?」
なぜ、みなさんそんな期待に満ちた瞳でわたしをみているのでしょうか?
「ところでさっ、ところでさっ。一つ頼みたいことがあるんだってばよ」
にこにことした無邪気な顔に、無意識に押されてじりじりと後ずさりながら
「そ、それは構わないけど」
と答えて。
疑問が湧き上がる。
(…そういえば)
木の葉の忍者が、どうしてこんな時間こんなところに居たのだろう。
H18.11.22(書いた日はもっと前ですが、本日アプ
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