第四幕






「ひー、ふー、みー、よー…うーん、やっぱり五人か」

 華玖弥を背負ったカカシがオキナの後を追いながら、後方の追手の気配の数を数え言う。
 カカシの隣りでは、を背負った忍犬が疾走している。
 人一人を背負っているとは言えカカシでさえ本気で走っているというのに、その先を行くオキナのスピードはとても老人のものとは思えず、しかも足場の悪い屋根や看板の上を難なく移っていくその様はどう見ても素人とは思えない。が、そう七班の下忍たちが言うと彼は自分のとりえはこれだけなのだと苦笑していた。
 カカシの言葉に答え、サスケが後方の闇に紛れる影をちらりと確認する。

「あれは、全部敵だな」
「げ、味方だけ撒いちまったのか?」

 意味ないじゃん、それ。
 隣りを走るサスケと共に後方を振り返り、ナルトがげっそりと呟いた。

「せめて一人くらい、足止めしてくれりゃいいのに」
「いや、撒かれたわけではないでしょう」

 まあ、付いて来られなかったのは事実でしょうが。
 心の中でオキナはこっそりと付け加えた。

「どういうことですか? もしかして、応援を呼びに行ったとか?」
「いえ、違います」

 横に並んで問うてきたサクラにオキナはあっさりと首を横に振った。
 振り返らずとももの問いたげな視線が複数、背中に刺さるのが分かる。

「おそらく」

 言って、彼が足を止めたのは町並みの中でも最も高いビルの上。
 つられて、四人と一匹も足を止める。
 後方には雑多な町並みが続き、前方に見える町並みの向うには巨大な山が一つ。
 それを憎憎しげに睨んでから、淡々と告げる。

「彼らは逃げたのだと」
「え」
「「「……」」」

 足を止めていたのはほんの数秒。だがそれでさえ惜しいとでも言うように、オキナは再び走り始める。
 慌ててそれに続いたカカシの背から緋色の髪の乙女は、悲しげに獣の背で眠る少女の姿を見つめていた。





 空の国の中枢を担う大名の一族の氏を『御崎』、今代の当主の名を『香月』と言う。
 『御崎』一族の栄華は、この国が建国つまり天に昇って以来三百年にも及び途絶えることなく続いている。
 その誇りからか、それとも何かの願掛けだったのか。
 それは今となっては分からないが、初代当主の代から次の当主候補には決まって『月』を含んだ称号が幼名とは別に与えられていた。
 当主となればそれが名となり、なれなければ新たな名を当主から承る習わしなのだ。
 そして、今現在この国で『月』の名を持つのは、当主香月とその四人の娘のみ。
 この国では国を継ぐ者の性別に固執する風習はないから、それ自体は珍しいことではない。
 だがその四人が四人とも、それぞれに幼名と称号とは別の異名を持つというのは歴史上なかなかに稀なことだった。

 心清らかたるは一の姫・貴姫。称号を『月白』
 武に優れたるは二の姫・漸姫。称号を『藍月』 
 神に愛でられし三の姫・焔姫。称号を『月華』
 唄に秀でたるは四の姫・雛姫。称号を『葵月』

「ということは、華玖弥っていう名は幼名ってことですよね?」

 足を休めず語るオキナに、サクラが並走しながら確認する。
 消去法をとればそれしかないだろうことをわざわざ確認したのは、幼名を刺客が口にしたのが少しばかり不自然だったからだ。
 幼名というのは普通、親しい者の間で使われるものだろう。
 案の定。違います、と彼は答えた。

「それは?」

 カカシが訝しげに問う。

「華玖弥というのは代々、神殿唯一の巫女姫に受継がれる名です」
「神殿?」
「ええ。この国の、もう一つの要。巫女姫は、この国の象徴です」

 そして、その名を受継いだために、三の姫の彼女はこんな窮地に立たされることになったのだ。
 そう、独り言のように呟いた声をナルトが拾う。

「窮地? 何でだってば」

 そんな名誉ある地位にある者がどうして窮地などに。
 それは当然の疑問だろう。

「それは…」

 ちらりとカカシの背中の姫君と目を合わせ、それから躊躇ったように口を閉ざす。

「やっかみみたいなもんでしょー。何で、こんな小娘がってね。今回のお嫁騒動のごたごたと似たようなもんじゃない?」

 代わりに答えたのは、忍犬の背にのったままの少女。

! 起きたのか」

 やほー、などとふざけた態度でカカシに返し、ふと持ち上げようとした腕を凝視する。
 小刻みに震えている。

「うーん。起きたのは、起きたんだけどね。でもまだ暫らく動けないかなあ、体が痺れてるし。まったく、一体何種類の薬を混ぜてたのよ、あれ」

 その言葉は、他でもなくオキナに向けられたものだ。
 彼はちらりと振り返り、帽子からのぞいた半眼と目を合わず。

「しかも、よりによって人の好物に」

 忌々しげに言う
 どうやら、最後の文句が一番の理由らしい。

「そうでもしなければ、貴方が易々と口にしてくれるとは思いませんでしたから。どうせ、気付いてたんでしょう? 薬がもってあったことくらい」

 対するオキナの返答は、少しばかり冷ややかだ。

「気付いてたわよ、ええ、もちろん」

 苦虫を噛み潰したような声。
 それに少しばかり意外な思いでカカシは少女の横顔を盗み見る。
 あの薬の存在にカカシが気付けたのは、そういった訓練を常日頃から受けているからである。
 常人ならば異変に気付くことなく、眠りに至る。それを彼女は事前に気付いた上、しかもわざと口にしたというのだ。
 けれど。
 では、眠りに付く直前に彼女が口にした忌々しげな呟きは一体…?

「どうせこの程度の薬なら、御身に効き目はないと踏まれて菓子を口にしたんでしょう」

 カカシの疑問に気付く様子もなくオキナは何故か責めるような目でを睨んだ。
 薬を盛ったのは他ならぬ彼だと言うのに、その軽率さを戒めるように。

「……そーよ。なのに、何あれ。匂いはそれほど強くない薬としか思えなかったのに!!」
「当然です、そういう風に私が調合したんですから」
「……」
「私が今更、普通の睡眠薬ごときを貴方に盛るとお思いでしたか?」

 つまり。

(油断した自分が悪い、と)

 分かってはいても、ムカツクものはムカツク。
 顔が引き攣るのを感じながら、が目を動かすと問うような隻眼とぶつかる。

「?」
「いや、あの臭いって結構キツメの睡眠薬だったと思ったんだけどなーと」

 それをこの程度と言い切る根性は、一体どう取ればいいのかと判断に迷う。

「ああ、でもアレくらいのを盛られるのなんて日常茶飯事だったから。というか、今回の薬は普通の人が飲んだら確実に三日は起き上がれないわよ?」
「……」
(そんなことが聞きたかった訳じゃないいんだけどな)

 聞くんじゃなかったかもと、カカシは少しだけ後悔した。
 何だかつついてはいけない場所をつついてしまった気分である。
 複雑そうなカカシの顔を面白そうに眺めてから、

「で、この状況は何なんでしょうかね?」

 おどけるように彼女は口調を変えて、小首を傾げた。

「あー、姫さん狙いの刺客さんが乗り込んできてね」
「姫さん? じゃあ、私が狙われてるわけじゃないんだ」

 首を捻り、後ろを振り向く。今のところ、動くのはこれが限界だ。
 サスケとナルトの間、その遥か向うに覗く闇に確かに蠢く気配がある。

「ああ。旅館の中じゃ戦いにくいんで、目下のところ移動中だ」
「でも、安心しろってば。どっちにしろ、あいつらはオレらが倒す!」
「頼もしいね。ベストの色、見た?」
「ベストの色? 紺だったと思うが、それがどうかしたのか」
「ちょっとね。…じゃ、やっぱ『藍染』か」

 すうっと目を細め、は一人語ちる。

「あいぜん? 藍…って、もしかして?」

 それを聞きとがめたサクラが、オキナと姫の顔を確かめるように見つめた。

「はい、おそらく」
「彼らは『藍月』様の配下でしょう」











 この国には、忍の里はない。
 その代わりと言っては何だが、国の各地に大名家直属の養成所が設置されており、そこで実力を認められた者は忍を名乗ることを許されるのだ。

「オキナのじいさん。それって、アカデミーみたいなもんか?」

 ナルトがひょいとビルに付属する看板の上に飛び乗って、頭の上に疑問符を浮かべた。

「ええ。ただしこの国では、忍として認められた者は大半の者がそのまま大名家に帰属し忍軍に籍を置きます。何年間かにほんの数人、実力のある者は流れの忍になることもありますが、その他に例外はありません」

 そして、御崎家が抱える忍軍は当主・香月が従える『紫暮』を除けば三つ。
 貴姫を護る『白雪』
 漸姫の従える『藍染』
 雛姫を慕う『翡翠』
 そのどれもが、香月が自ら与えた忍軍で、彼らは己のその所属を色でもって示す。

「ちょっと待てってば。焔姫は、華玖弥の忍軍は?」
「さっきの忍は、違うのか?」

 ナルトが混乱しながら目を瞬かせ、サスケも慌てたようにそう問うた。

「あれらは一応、『紅蓮』という名を持っておりますが…。先程の対応を思い出してもらえばわかると思いますが、忍軍と呼べるほどの実力はありません。それに、自分の身が危ないと思えばいつでも抜けて構わない。そう言う契約で初めから彼らは、姫の配下に下ったのですから」
「何で、そんな…」
「姫がそう望まれましたから」

 サスケとナルトの後方を走るカカシとサクラ、忍犬の姿を悲しげに視界に納め彼は説明を続けた。

 そもそも、生まれが低いとあって、当初華玖弥には忍軍も、称号すらも与えられはしなかった。
 それでも、それが今与えられているのは彼女が『華玖弥』に選ばれてしまったからだ。
 姫巫女の地位はそれ程高くはないが、一族の者がそれに選らばれたとなればこれ以上の名誉はない。
 つまりは、称号も忍軍も一族の者として認知してやるとの意思の表れでしかない。
 けれど、称号はともかく、忍軍を素直に受け取るわけには行かない理由が彼女には在ったのだ。

「その以前から、すでに姫は命を狙われておりましたから」
 ぽつりとオキナは呟くように喋った。
 彼の目が、ようやく目的地を捉える。
 朝食には睡眠薬、昼食には痺れ薬、夕食には毒薬が盛られる。そんな状況でも彼の主は、『よっぽど私が目障りなのね』と苦笑していただけだったのだけれども。
 彼女が死ねば、新たな華玖弥が選出される。
 そして、その候補の最もたる人物たちがどういう因縁か次期当主候補の面々だった。

「…与えられた忍軍に、刺客が混じっていたら元も子もないってことか」
「はい」

 だからといって、当主から与えられるものを無下に断るわけにも行かない。
 それに、称号を与えられた以上はこれまで以上の敵意を向けられるのは必至だった。
 だから、華玖弥は父たる香月に一つの申し入れをした。
 己の忍軍の忍は、己自身で選びたいと。
 苦渋の末の決断。
 どちらにしても反逆分子を抱えなければならないのならば、と。
 お偉方の口から様々な批判がなされた後、それでもその申し入れは受け入れられた。
 彼女が指名したいと申し出た者たちの名が、彼らの予想を裏切っていたからだ。
 当主らは、もちろん実力名高い忍や新参なりにもその成長を期待される者、つまりは、猛者ばかりを彼女が指名するものとばかり考えていたのだ。
 それは彼女が指名を希望する忍の名を読み上げた時の、拍子抜けした彼らの顔が何より物語っていた。
 彼女が指名の基準にした三つの事柄が示すのは、当主とその側近たちが考えていたものとは正反対のこと。
 即ち。

 一、 金に目がない者であること。
 二、 小賢しく、己の身を何よりも優先する者であること。
 そして、最後の三つ目は…。

 彼女が指名したのは、忍になれたこと自体が奇跡とも思えるような落ちこぼればかりだった。

「…そんな基準で選ぶなんて、尚更危険じゃないのか?」
「その性質が分かってれば、裏切りの予兆は存外分かりやすい。というのが、姫様の持論でして」

 実際、裏切ろうとした者は数知れずだが、そのどれもが早期発見で大事に至らずにすんできたらしい。
 何より、金で動く人間は扱いやすいのだとも姫君は語ったと言う。
 ナルトは「姫さんって、すげぇーな!」などと素直に感心しているが、サスケの感想はいささか違った。
(喰えない、な)
 刺客を前に怯えていたことから、とんだ箱入り娘だと些か馬鹿にしていたのだが。
 どうやら、勘違いだったらしい。 
 確かに裏切りを前提にするのならば、対策は立てやすい。
 予測された刺客は刺客とは呼ばないし、襲撃もあらかじめ予想していれば身構えることも出来る。
 実力がなければ尚更だ。
 しかも、悪知恵の働く連中は大抵お互いを信用しない。
 その上人を犠牲にしても生き残ろうとする連中ばかりを集めたのなら、結託される心配も低くなるだろう。
 似たもの同士だからこそ、容易に結託の先に連なる未来の惨状が垣間見えるだろうから。
 幸い当の姫君が、己の身を優先しろと公言しているのだ。
 己の身が可愛ければ、大抵のものが大人しく彼女に従うだろう。

「それに、結果的には悪いことだけでは有りませんでしたしね。幾ら弱い忍ばかりを集めたとは言っても、数を揃えれば牽制ぐらいにはなる」
「けどさ。あいつらはそんなの関係無しに襲ってきたぞ?」

 ナルトは背後を振り返り、首を傾げる。

「恐らく、あちらも焦っているのでしょう。あれらは『藍染』の中でも、上位に位置するものたちでしょうから」
「焦る?」
「ええ」

 頷いて、オキナはぐるりと周囲を見回す。
 落ちぶれた貴族の荒れ果てた屋敷。その広大な敷地には、すでにあばら家と見紛うばかりの邸宅と人の手が入らなくなって久しい庭。
 無尽蔵に生えた雑草を踏みしめ、彼は所々崩れかけている塀を見上げた。
 サスケとナルトは驚く風もなく当然のようにそれに続いて、両名面倒臭そうな顔を隠そうともしない。カカシたちはただ無言で、それを仰いだ。

「婚礼の日がもう二月後に迫っておりますからね。そうでしょう? 藍染の方々」

 オキナの呼びかけに、土塀の瓦の上に降り立った二つの小さな 影が苦笑する。

「刹那たちならともかく、僕にそんなこと言われてもなぁ。彩、知ってる?」
「湊が知らないのに、私が知るわけないじゃない」

 そりゃそうか、と少年が頷く。恐らく彼らは下忍三人の年齢と大差ない。否、僅かにそれより幼いと思われた。
 それにしても、と双子のように声を揃えて彼らはオキナから目を離し、面白そうにカカシたちに目を向けた。

「参ったなぁ」
「参ったねぇ」
「目を離したつもりはなかったんだけど」
「ほんとにね」

 少女が興味津々と言った態で、サスケとナルトを交互に見た。
 その瞳を向けられて、二人は改めて認識する。忍の能力に年齢など関係しない。

「ね。あれって、どっちの影分身?」

 彼女は微笑を浮かべたが、その目が笑っていないことをその場の全員が理解していた。
 























 
【あとがき】 H18.12.19
  
あー、ちょこっとだけ国の事情が判明。姫様四人ですが皆母親が違います。
   暫くは戦闘メインです。



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