喰えない。まったくもって喰えないわ、あの爺。

『ちょっとそこまで買って来て欲しいものがあるんじゃが、構わんかの?』

 そういう風に言われたら、誰だって断れるはずがない。
 しかもこちらは、多額の借金を持つ身で拒否権はないに等しい状況。
 だが、それでもそのおつかいの内容を知っていれば、自分はきっとそのないに等しい拒否権を行使したことだろう。
 そういう意味では彼がとった行動は正しい。
 しかし、それではこちらがその行動に納得できるかと言えばもちろん、答えは否で。
 マクゴガナルが引率でついてくる、と分かった時点でおかしいと思うべきだったのかもしれない。
 いや、それよりもあの老人が、それはそれは楽しげにおつかいメモを作成しているのを目にした時点でピンと来るべきだったのだ。
 
 はあ。

 思いっきり溜息をつくと、隣りを歩く女性が訝しげに彼女を見下ろした。

「どうかしましたか、ミス・
「いえ、何も……あの先生、今はその、夏休みでしょう? もしよければ、って呼んでもらってもいいですか?」

 何だか自分の名前を呼ばれてる気がしなくて。
 そう言って苦笑すると、マクゴガナル先生は気遣うような顔になった。
 もちろん、彼女が心配しているような『ホームシック』を理由に、名前を呼んでもらいたかったわけでなく。
 普段から、そんなお上品に『さん』づけで自分を呼ぶような人間が回りに居なかったせいで、拒絶反応を起こしただけの話である。
 それなのにわざわざこんな言い回しをしたのは、そういう風に誤解してもらわなければ、この女性の場合この提案を受け入れてくれるとは思えなかったからだ。

「では、。とりあえず、普段着と制服から買いましょうか」
「……ええ、先生」

 一転、何故か疲れたように頷いて、は手に下げていた『の生活必需品プラス学用品、その他』と題された――手書きの文字が、嬉々として躍っているように見えるのはきっと気のせいにちがいない、そう信じたかった――羊皮紙を、器用にクルクルと巻き取った。



 第二章 『ダイアゴン横丁にて』



 ミネルバ・マクゴガナルは困惑していた。

「日用品は最低限揃えたし、下着も買った。…教科書もある。学用品はあとは杖………………制服と服は取りに行くだけだから、よし」

 横丁に溢れかえる人並みに圧倒されることもなく。
 勢い良く彼女を振り返った少女の顔は、どういうわけか不機嫌そのものである。

「先生、杖のお店行きましょう。そこで最後だわ」

 さあ、と手を引かれた彼女は辛うじて、足を踏みしめ反論することに成功した。

、少し休みましょう」

 右手に見える喫茶店を目で示すと、提案された少女は先程までの不機嫌さが嘘のように抜け落ちて、きょとんとした顔になる。

「え、でも私疲れてないよ?」
「………私が疲れたんです。何せ、あのリストを見たときは、半日掛けても買い揃えられるかと心配していたのに、今確認してみれば私の時計の長針はまだニ周しかしていなかったのですから」

 暗に、ペースが速すぎると訴えると、少女は少しすまなさそうに笑った。

「あはは、ごめんなさい」

 オープンテラスの椅子に座ると、ウェイトレスがすぐに注文をとりに来た。

「紅茶を」
「私は……お水」

 メニューと睨めっこしたまま、少女が答える。
 その選択を半ば予想していた彼女は、やはりかとこの段に到ってようやく確信した。
 引き返そうとしたウェイトレスを引き止める。

「いいえ、この子にも紅茶を。そうですね、それからこの店お勧めのケーキを一つこの子に」
「せんせいっ!?」
「それでお願いします」

 声を荒げた少女を訝しげに見ていたが、ウェイトレスはそのまま持ち場に戻っていった。
 その背をどこか満足げに見送った彼女に、少女が咎めるような視線を送ってくる。

「一体、どういう――」
「どういうつもりかと聞きたいのはこちらです」

 の台詞を途中で攫って、重々しく彼女は呟いた。
 変だと思っていたのだ。
 彼女は最初、があまりに買い物に時間を掛けようとするなら、厳重に注意するつもりでいた。
 異世界の子だろうと、彼女は見た目も行動も普通の女の子のそれと大差ない。
 だからきっと、服一つ選ぶだけでそれこそ一時間かかるようなことになるに違いないと、密かに懸念していたのだ。
 それなのに、である。
 ここまでにかかったのはたったのニ時間。
 しかも教科書や制服は別としても、持ち物一つ無い状態に等しい女子の日用雑貨や服を揃えるための買い物にしては、あきらかに二時間は速すぎた。
 そして、ついさっき気付いたことだが――、校長から預かった財布の中身の減りが思っていたよりも、あまりに少なすぎる。
 横目で窺えば、はふいをつかれたように瞠目している。

「今なら何故校長が貴女をあのような騙すような形で、買い物に来させたか分かるような気がします。貴女が最初からこの買い物に乗り気でなかったわけも」

 買い物が速いわけです、と彼女は独り語ちた。

「貴女は必要なものを、必要最低限の数だけ、値段の安い順からカゴに入れていただけなのですから」
「……サイズはちゃんと確認したよ」
「当然です」

 のきまずそうな肯定兼反論を、ミネルバは一言の元に切り捨てる。

「それよりも、服や日用雑貨ならばまだわかりますが……教科書や制服を買う際まで貴方があれほど不機嫌だったのは何故ですか」

 その疑問は当然だろう。
 それらは学業に必要不可欠なもので、決して贅沢品などではない。にも拘らず、彼女の渋面は相変わらず健在だった。
 そう尋ねると、少女は更に気まずそうな顔になった。

「…いや、下着とかは百歩譲って仕方ないとしても…服とかもそうだけど制服は自分で縫おうと思ってたから。古布はマダム・ポンプリーにもらったし、図書室で染色の方法も調べたし。裁縫は得意だから」

 …そう言えば、ポピーがそんなことを言っていた気がしないでもない。古いシーツがどうのこうの、と。
 染色の呪文は…成る程、食事時とダンブルドアの手伝い(と言っても、ただの掃除や本の整理ぐらいだが)がないときは、始終図書室に居た彼女なら調べられるだろう。
 つまり。彼女は自分の衣服を全て、一人でこの夏休み中に縫ってしまうつもりだったのか。

「教科書は」

 米神が引き攣る思いに、マクゴガナルは軽く目を閉じた。
 それを敏感に察して、弱々しい声が告げる。

「誰かのを写さしてもらうつもりだったから」

 その返答に、グリフィンドールの寮長は長い長い溜息をついた。

「だ、だって先生! お金のなる木なんてないんだよ!?」

 彼女が言いたいことは分かる。
 そしてその言葉は決して間違ってはいないし、その態度は子どもという立場の上に胡座を書くような態度をとるよりは、数十倍マシだろう。
 けれども。
 運ばれてきた紅茶を手に取りながら、彼女は言う。

「もちろんですとも、。…けれど謙虚も度が過ぎれば、失礼に当たります」

 その言葉に少女はピクリと肩を揺らす。
 確かに校長の言う通り、この子は聡いのだろう。彼女は素直にそう思った。
 この年齢の子どもが、相手のプライドにまで気を配る。
 不自然なまでに彼女は『よく出来た』子どもだった。
 その生い立ちに少し興味を覚えないでもなかったが、それでも今回ばかりはその『出来た』ところを利用させてもらうことにする。
 そうでもしなければ、は来年こそ手書きの教科書を作りかねない。
 自分の目の前に置かれたカップとケーキを見つめたまま、沈黙するに彼女は静かに語りかける。

「ほら、紅茶が冷めてしまいますよ。心配ありません、ここは私が払いますから。もともと私が勝手に注文したものですから、お金を返せだなんていいません」
「や、そうじゃなくて――」

 言い差したを遮り、呟く。

「子どもは少しくらい我侭で丁度いいんですよ」
「…え?」
「ドンと構えていなさい。大人は子どもが我侭で居られるように、働くんですから」

 そして子どもはいつか大人になって、自分の世界がどれだけの人々に守られていたのかを知る。
 呆気に取られるの横で、彼女はらしくもなく照れたようにはにかんだ。

「お茶がすんだら、杖を買う前に向かいの店で貴女のペットを選びましょう。都合のいいことに、時間にも予算にも大部余裕がありますからね」

 その言葉には困ったように笑い、それからフォークを握る。
 小さな呟きは、ミネルバの耳には届かなかった。

「………参ったな。こんなところで、おんなじこと言われるとは思わなかった」



  *   *    *



「さて、どうしますか? 先に言っておきますが、値札を見るのは無しですよ」

 そう言ったマクゴガナルは、財布を放そうとはしない。
 先程までは、精算のときだけ財布を貸してもらっていたのだが、どうやら今回ばかりはその手は使えないようである。
 しかたないと、ここは諦めることにした。
 この際、お言葉に甘えた方がいいのだろう。今までの買い物した金額も実は全て、記憶しているのだが…それを今すぐ返すというのは、どうも無理なようでもあるし。
 まったく、大人だってけっこう我侭だ。
 苦笑しながらそんなことを思い、店内を見渡す。

「ふくろうにしますか?」
「あー、でも手紙を出す人はそういないし、知り合いって言えば学校に居る人だけだし。もしほかに用事が出来ても、学校ので十分な気がする」
「ではヒキガエル?」
「いや、それは女の子としてはちょっと」

 ベッドに蛙を入れるのは、ちょっとばかりではなくごめんである。

「どうせなら、猫がいいかなって思うんだけど」

 言って、先程から猫のケージを見ているのだが、なかなかこれという子が見つからない。
 横で「猫、ですか」と微妙な表情で呟いた女性の心中は、大方予想がついたが(なんせ彼女は猫の動物もどきだ)とりあえず、無視の方向で。
 店のケージを片っ端から覗いていると、ばさばさという音が聞こえ、ふりかえれば威嚇するように白いふくろうが篭の中で羽ばたいている。
 白いふくろう。ハリーのヘドウィグがあんな感じだろうか。

「あ、こら!」

 店員がその騒ぎに気付いて駆けてくる。
 ただし、怒りの形相で摘み上げられたのは小さな黒い塊り。
 『よくもちくりやがって』とでも言わんばかりに、それは自分よりも数倍大きなふくろうに向って威嚇の声を上げた。

 フーッ!

 しかし、ふくろうは一瞥しただけで相手にもしない。

「まったく、いつのまにまた逃げ出して。…いつも知らせてくれてありがとな、お前」
(なんだか優等生と不良児童の動物版を見た気がするわ)

 こっそりとそんなことを思う。
 店員はふくろうに礼を言って、黒猫の仔をケージに放り込み、しかめっ面で言った。

「いいか、次やったら飯抜きだからな」
 
 そう睨まれても、仔猫は挑戦的に威嚇するばかり。なんとまぁ、無謀な猫だろう。
 思わずくすくすと笑うと、猫と店員の両方がこちらを振り返った。

「あ、すみません。ごゆっくりご覧になって下さい」

 気まずそうに言う青年に、は笑んでケージを指差した。

「ね、お兄さん。私、その仔が気に入ったわ」

 一瞬ぽかんとした彼は、慌ててケージから黒猫を取り出す。

「…

 マクゴガナルは考え直した方がいいという声音で、彼女を呼ぶ。
 まあ、気持ちは分からなくも無い。あの性格では、飼い主になった人間はかなり苦労することだろう。
 でも。

「先生、私はあの仔がいい」
「…考え直す気にはなりませんか」
「うん。怒りっぽいところが、あちらの親友に似てるの」

 店員から受け取った黒猫が、きょとんと彼女を見上げる。

「……わかりました」

 溜息混じりに言って彼女は手に持っていた財布からお金を出そうとして。
 それから考え直したように、鞄から己の財布を取り出した。

「先生?」
「私からの入学祝です」

 だから、いちいち値札を確認しようとするのは止めなさい。
 彼女は仏頂面でそう言った。



  *    *    *



 あとは杖だけ。
 帰ったら、教科書に一通り目を通しておかないとなぁ、などと思っていたのだが、実のところこれがなかなか決まらなかった。
 先程から小柄な老人が、棚に積まれた箱を片っ端から出してくるが、どれ一つ彼を満足させるだけの効果は現れない。
 としても、どの杖を振ってみてもそよ風一つ起きない状況ではいい加減、自分の魔法学校入学の是非を疑いたくなってきていた。

「あの…?」

 恐る恐る声を掛けてみるが、老人は積まれた箱を片っ端からひっくり返している。

「うーむ…――よし、これはどうじゃ」

 渡されたのは白っぽい木の杖。

「白樫の杖、一角獣の鬣二十一センチ、ばねのよう」

 キラキラと希望の眼差しをむけられ、申し訳ない気持ちになる。
 杖を探し始めて早一時間、はかなりの難客だったようだ。
 そして、差し出された杖もたぶん彼女にはあいそうも無い。
 けれど可能性が無いわけでもなかったので、受け取って恐る恐る振ってみたが、やはり効果は現れなかった。

「………」
「……ごめんなさい」

 あまりの消沈振りに、思わず頭を下げると老人は慌てたように首を横に振る。

「いやいや、お嬢ちゃんの所為じゃありゃせんよ。こればかりは合性の問題じゃし、絶対わしがぴったりの杖を探し出すから、安心して待っていなさい」

 言って、老人は改めてを観察する。頭から足の爪先まで、幾度か視線を往復させて、それから首を傾げる。

(やっぱり私、魔法なんか使えないんじゃ…)

 これはハグリッドの小屋に転がり込む他ないかもしれない。
 ダンボール小屋は流石に諦めているので、そんな代案に囚われ掛けた時、老人が思い至ったように顔を上げた。

「そうじゃ、あの杖をためしてみようか」

 ぽんと手を合わせ、少し待っておれと言って梯子を上っていく。
 棚の上段、奥の奥、老人があれでもないこれでもないと、箱の山を崩していく。

「あった、あった。これじゃ。いや、しかし、まさかこの杖を試してみようと思う日がこようとは」

 嬉しげに、下りて来る背に疑問をぶつけてみる。

「そんなに珍しい杖なの?」
「珍しい? そんな言葉じゃあ、足りはせんよ。なんせこの杖の真に使ってあるのは、不死鳥の羽でも一角獣の鬣でもない。とある神獣の鬣を使った、ただ一本のこの杖は、作られて数十年、一度として主を持たなかったが…今日はもしかするともしかするかもの」

 さて、試してごらん。
 自信満々に手渡された杖に触れたとたん、指先に暖かな脈動を感じる。

「山桜に、麒麟の鬣。二十三センチ、しなやかで振りやすい、さあどうだ」

 答えは振って見せるまでもなかった。

「――すごい」
 息を呑む彼女に、満足げに老爺は頷いた。

「ふむ、なかなか見つからんはずじゃ。この杖はとびきりの変わり者じゃし、それに気に入られる嬢ちゃんも、魔法使いとしてはかなり」
「かなり、何?」

 笑顔で尋ねると、老人は気まずげに言葉を濁した。

「か、かなり、独特な感性を持っておるようじゃの」
「そう?」

 こくこくと頷く老人。
 まーいい。今回だけは見逃してやろう。

「じゃ、よろしくね。相棒さん」

 は手の中の杖に心から微笑んで挨拶した。 




















H18.11.22(書いた日はもっと前ですが、本日アプ)


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