ダンブルドアにマクゴガナル。ハグリッドにフィレンツェ。
 そして、何よりここはホグワーツ。
 ここまで状況が揃っていて、彼らの存在を予想しなかったといえば嘘になる。
 けれど少し調べればぼろぼろとでてくる、彼らの、とりわけ『彼』の情報から極力遠ざかろうとしていたのは事実だ。
 彼が嫌いなわけでも、憎いわけでもない。
 むしろ、好ましいと思うし、こんな状況で無ければ会ってみたいとも思っただろう。
 だが残念ながら、今私を取り巻く状況は、正しくこんな状況であるわけで。
 更に言うなら、自分のことで手が一杯であるのに、この上『彼』がもれなく引き連れてくるだろう騒動と『あの人』に関われる余裕があるわけもなく。
 もしも叶うものなら、自分がこの学校にいる間『彼』が入学してくることのないように。
 祈るだけで確かめることをしなかったのは、ひしひしと嫌な予感がしたからで。
 そしてまた。
 その嫌な予感を感じていることさえ、認めたくない自分がいたことをここに追記しておく。




 第三章 『始まりの9と3/4番線』



――その朝、朝刊の占い欄に目を通してみると、蟹座の運勢は最悪だった。

「入学式早々、なんつー幸先の悪い…」

 駅前のカフェテリア。
 トーストをかじりながら苦虫を噛み潰したような顔で、は独り語ちる。
 膝元の黒猫がせがむので、残りのトーストを千切って渡してやって、買ったばかりの朝刊を畳む。
 大したニュースは無く、星占いはなんとはなしに目を通してみただけであったのだが、少しダメージが大きかった。
 練習も兼ね、今朝一番にしたタロット占いも碌な結果がでなかったせいもあるかもしれない。
 にー。
 パンを食べきった黒猫が、今度はミルクの入ったカップをせがむ。
 仕方ないので、店員に了承を得て小皿を借りる。
 カップからミルクを移し、皿を床に置くと膝から重みが消えて、ぴちゃぴちゃとミルクを飲む音がし始めた。

「はぁ…いいわね、悩みの無いやつは」

 にゃ。
 失敬な、とでもいうように黒猫が声を上げたが、は知らない振りをして残りのサラダに取り掛かった。
 汽車の時間もあるから、そうのんびりもしていられない。

「さ、ヨル。行くよ」

 飲み干したカップをテーブルに返し、は全財産(衣服に日用品、それからバイト代と賞したダンブルドアのおこずかい)の入ったトランク(借り物)を転がしてレジに向った。
 さて、そもそもが何故こんな駅前のカフェで朝食をとる羽目になったかと言うと。
 話は昨日に遡る。



『え、と? パードゥン? 今なんて言ったのか、もう一回教えてくれない? 校長先生』

 お餅を丸呑みしてしまったかのように目を白黒させたは、思わず出来の悪い日本の学生のような発音を織り交ぜながら、ダンブルドアに詰め寄った。

『うん? 大したことじゃありゃせんよ、

 にっこりと、校長は微笑む。

『ただ、今夜はマグルのホテルに泊まって貰うことになる。そう言っただけじゃ』
『何で!?』

 ホテル!
 何でそんな無駄なことに無駄にお金をかけなきゃいけないの!
 何て言ったって、ホグワーツで寝泊りすれば【ただ】なのだ。それをどうして今更。

『だって明日は入学式でしょう! 外で暮らすにしたって、結局はとんぼ返りになるじゃないの』

 納得いかない。理解できない。
 それらの感情は、いつか見捨てられるかもしれないという彼女の不安の裏返し。
 だからこそ、彼女の瞳には常以上の力が篭もり。そうして。
 ダン、と互いの間に鎮座している執務机を叩いたに、ダンブルドアは笑みを崩さなかった。
 殺気じみた怒気に眉一つ動かさなかったのは、流石年の功と言うべきなのかもしれない。

『何をそんなに心配しとるのかは、まあ想像できんでもないが…残念ながら、わしは正当な理由もなしに一度約束したことを破りはせんよ』
 
 いたずらっこのように片眉を跳ね上げて、からかうようにそう告げた老人はそれからこう付け加えた。

『遠足はいつからが遠足なのか、知っておるか?』
『はい?』
『遠足じゃよ、遠足』

 ……………何を言い出すんだこの爺。
 思いはしたものの、こういう顔をしたときの彼は絶対に引かないことも、これまでのそう長くは無い付き合いでも理解していたから、彼女は内心溜息をつきながらもこう答えた。

『そりゃあ、その日家を出てからでしょ?』

 学校の先生によく言われたものだ。
 家に帰るまでが遠足だから、気を抜かないように。
 ヘタに気を抜いて、事故に遇ったら台無しになるからね。
 過去に思いを馳せていた彼女に、ダンブルドアがそれはそれは楽しげに言う。

『いいや、はずれじゃ』

 子どものような、めちゃくちゃ嬉しそうな顔。
――ムカツク。
 思わず口元を引き攣らせたが文句を言う前に、その表情は歳を重ねた者だけが浮かべることのできる穏やかな笑みとなる。

『降参かの?』
『……うん。正解は?』

 怒るのも馬鹿らしくなって、彼女は肩から力を抜いて尋ねた。

『遠足のおかしを友だちと買いに行く約束をした時からじゃ』

 お金を握り、友達とこれにしようかあれにしようかと、悩んで決めて。
 帰り道でさえ明日のへの思いを募らせ、言葉をかわす。それさえも、恐らくは遠足の一部。

『祭りで例えるなら、その計画を立て始めた日だろうの』
『あー、なるほど』

 納得しつつ、でも、とは思う。

『でもそれと、今夜はホテルに泊まるってことの話に何の関係があるの?』
『つまり、何事も最初と最後が肝心ということじゃよ。とりわけ、始まりが無ければ終わりもこんから、最初は大事じゃの』
『……?』
『そして。入学式が開式される場所はホグワーツではない』

 確かに厳密に式が行われる場所と言えば、この学校であるのだろうけれど。

『遠足の日、わくわくしながら目が覚めるのは、前日友だちと共に期待を膨らませてその日のことを語りあっていたからじゃ』

 明日は何して遊ぼうか。
 明日はお弁当どんなのかな。

『また、祭りの計画は一人では立てられんの?』

 ああしたらどうかな。
 いや、こっちがいいんじゃないか?
 きっと、心が弾むそんな遣り取りさえ、お祭りの一部なのだ。

『さて、ここまで言えば賢い君のことじゃ。わしの言いたいことは分かっただろう?』
『………』
『入学式は始まるのはどこからじゃと思う、?』 



「うあ、結構人が居るなぁ」

 ホームに立ったは、あんぐりと口をあけて辺りを見渡した。
 見るからに妖しげな、元の世界であれば(まあ、マグルの世界と大差ないわけだが)絶対に奇異の眼で見られる格好の集団が居るわ、居るわ。
 そうして己の制服姿が周囲に溶け込んでいることを、喜ぶべきか否か少しだけ思案する。
 …難題だ。下手をすれば昨日のダンブルドアの謎かけより質が悪いかもしれない。


『あんまり自信はないけど。9と3/4番線からだって答えたら、私は校長先生にムカつかなくていいのかな?』


 昨日、はダンブルドアにそう答え。
 彼女の物言いに、彼はただ苦笑してその問いに是と答えた。
 遠足も、お祭りも。一人では楽しめないし、成功しない。仲間が居てこそ、始まりは期待に溢れ、高めあうことが出来るのだ。
 けれど、入学式というものは少しだけ勝手が違う。
 だってその日はほとんどの者が初対面。
 仲間などである筈がなく、知っている者がいるにしてもそんなものはたかが知れた微々たる環だ。
 だから、入学式の始まりはその初対面の人間たちが集まったその瞬間から。
 初めて見かけて、初めて出会って、初めて話して。
 そうして、初めて共に学び舎に向う。
 きっとその瞬間から、期待は初めて具体的な形を手に入れる。
 友だちができるかな、から『このこと友だちになれるかな』。
 どんな場所なのかな、から『こんな場所だといいね』。
 学び舎で手に入れるものは何も知識だけではない。
 むしろ、何よりも大切で重要なのは己の無二の仲間を得ること。それは、きっと人として生きていくことの上で、必要不可欠なことなのだ。
 だから、そこが始まり。
 そもそも入学式と言うものが、あの学校であらゆることを学ぶことへの始まりなのだから。
 ならば、その仲間と出会った瞬間から、きっと彼らの、ひいては自分の学校生活が始まるのだ。
 恐らくダンブルドアはそういう意味でをホグワーツから送り出した。
 わざわざ、前日からホテルに泊まり、あの汽車に乗れるように手配までして。


『見抜かれているなぁ』


 その晩、ホテルの一室で一人、はそう思った。
 出来うる限り、この世界の住人たちと係わり合いになりたくないと思っている、この心の内をダンブルドアは気付いている。
 そうして、だからこそわざわざ手間をかけて自分をこの世界の新入生たちと同じスタートラインに立たそうとしているのだ。
 友人を得る機会を、他の者たちと自分に同じだけ与えられるようにと。
 だが、こればっかりは、彼の思惑に乗るわけには行かない。
 というか、乗れないのだ。

「だって、私はここの人間じゃないもの」
 
 ぽつりと彼女は呟いた。
 いずれ、自分は元の世界に戻れねばならない。否、戻るのだ。
 だからダメだ。
 いずれは永久に別れを告げなければならないのに、ここで必要以上に親しい者は作るわけにはいかない。
 ダンブルドアや、マクゴガナルたちだけでも十分すぎるくらいなのに、これ以上になればきっと自分はいざ自分のあるべき場所に戻れることになったとき、身を切るような痛みを味わうことになる。
 そんなのは、ごめんだ。もう、ごめんなのだ。……あんな思いは。

 にゃあ。
 心配するように、己の顔を覗き込んでくる仔猫。
 思考の迷宮から戻ってきたは、苦笑してその小さな体を持ち上げ、右肩に乗せる。

「お前くらいなら、連れて帰れるもの。大丈夫」

 安心させるようにその頭を撫でながら、彼女は汽車に乗り込んだ。
 この子猫には自分だけ。だからこそ共に在ることは出来る。
 けれど人間になれば、話は違う。
 もしも、無二の友を得たとして。
 もしも、共に在りたい異性を見つけたとしても。
 彼等はこの世界の人間で、そして自分にはこの世界から彼らを取り上げる権利は無い。
 両親と、親友がいるあの世界こそがあくまで自分の世界であるのと同じように、彼らの世界はここで、彼らの『大切』があるのもこの世界。
 互いに在るべき世界が違うなら、いずれ永久に離れる定めなら。
 いずれ戻ると心に決めている以上、親しくなる方が酷なのだ。
 荷物を棚に放り上げ、窓際の席を陣取って。
 そのままは瞼を閉じる。膝に飛び乗ったヨルが相手をしてくれと、せがむようにじゃれ付いてきたが気付かない振りをした。
 飽きれば勝手に車内をぶらついて、暇を潰すだろう。
 ともかく今は、誰にも自分に話し掛けて欲しくは無かったし、そうするには狸寝入りを決め込むのが一番の方法だと、経験上知っていた。
 その一番の方法が利かない強者も世の中には存在することを、これまた経験上知っていたけれど。
――そうそうあんな気性の人間はいるものでもないだろう。
 親友の顔を思い浮かべ、少しだけ彼女は苦笑した。



   *    *    *



「ああ、まったくもう! どこにいるのよ!」

 いい加減、あまりにも見つからない件の蛙に腹を立てながら、ハーマイオニーはぶつくさと呟いた。
 ネビルにはもう一度自分の荷物を改めるように言ってあるから、彼女は今一人だ。
 コーパメントの扉を開けて、一々事情を話す気力もいよいよ失せてきていて。
 最後尾の車両についたときには、もういっそあの少年に諦めるように言おうかとも考えたが、やはりそういうわけにもいかないだろうと、何よりあの蛙は彼にとって大事な家族のようなものなのだからと、半ば自分に言い聞かせるようにして、手近な扉を引いた。

「あの、う?」

 戸惑いがちの声になったのは、自分が扉を開けたにも拘らず、その部屋の主がぴくりとも動かなかったから。
 窓に寄りかかる俯いた顔はよく見えないが、年恰好からみてたぶん自分と同じ新入生。長い黒髪と、黄味がかったすべすべの肌から思うに恐らくはアジア系の少女だ。
 二歩、三歩と近づいて、規則正しい呼吸音に、彼女が眠っていることを知る。
 だが、こちらとしても、蛙の目撃者を探すには一人でも多く声をかける必要があった。
 どうもよく眠っているらしい少女を起こすのはあまり気が進まなかったが、仕方なくハーマイオニーは彼女の肩に手を伸ばす。
 名前を知らない以上、軽く揺らして起こそうと思ったのだが、近づいて初めて見えた相手の顔が予想外に整っていることに、軽く息をとめた。

(睫が長いわ)

 思わぬ衝撃に、とんちんかんな感想が思い浮かぶ。
 軽く頭を振って、その感想を追いやる。
 今の自分の使命は『ネビルの蛙を探すこと』であり、間違ってもこの人形のように綺麗な少女の顔を眺めていることではない。
 気を取り直し、今度こそ少女の肩に触れようとして――。

「!」

 唐突に己の手首を握った細く長い指に、今度は心臓が止まるかと思った。

「私になにか?」

 至近距離に、琥珀色の瞳。
 先ほどまでは確かに眠っていた少女が、ぱちりと目を開けハーマイオニーを無表情に見上げている。
 だが、無表情だったのは一瞬のことで、ハーマイオニーの頭の先から爪先までをじっくり見つめた彼女は何とも言いがたい顔になった。
 まるでゲームを買ってもらったはいいが、宿題が山積でする暇がないとでもいったそんな途方にくれた顔。
 そんな顔をされる謂れの無いハーマイオニーは、当然訳が分からない。

「貴女の名前は?」
「…ハーマイオニ―・グレンジャー」

 名前を聞いて更に彼女は肩を落とし、どこか投げやりな声で名乗った。

「そう。…私はよ。それでミス・グレンジャー? 結局、私に何の用?」

 尋ねられてハーマイオニーは、かいつまんで説明する。
 の態度はどこかひっかかるものがあったが、別段嫌味でしているようでもない。何より、ハーマイオニ―の話を真剣に聞き、頷いてくれた。

「なるほど。蛙ね…そういうシーンもあったような、確か」
「え?」
「何でもない、こっちの話だから気にしないで。そういうことなら、残念だけど私は何も見てないよ」

 申し訳なさそうに彼女は、自分は汽車に乗ってからずっと寝ていたのだと頭を振る。

「ああ、でももしかしたら――」

 開け放されたままの扉ごし、通路から響いてきた軽い4本足の足音に、彼女は手を打った。

「うちの仔が見てるかも知れな、い――」
?」

 自分の肩越しに何かを見て固まった彼女を、訝しげにハーマイオニーは呼ぶ。
 だが、彼女の意識はそちらに釘付けだった。一体何を見てそんなに、と振り返ったハーマイオニーも、それを見て固まった。
 二人の視線の先には真っ黒な子猫。
 主人の視線を勝ち得たことが嬉しいのかパタパタと尻尾を振りながら、彼女らの足元に歩み寄り。慎ましやかな動作で、口にくわえていた『戦利品』をそっと主人の足元に進呈する。
 一泊置いて、は頭を抱えながらうめき声を上げた。
「ヨールー…勘弁してよ、本当に」

 床の上でぴくぴくと怯えたように、震えるネビルの蛙を見つつ。
 自分の飼い猫に心底疲れたように話し掛けるに、ハーマイオニーが覚えた印象は『綺麗だけど、変なコ』だったりした。



   *    *    *



 汽車から降りて、生徒たちの波を縫いながらはこの一ヶ月ほどで見慣れてしまった大きな後ろ姿を見つけた。
 すぐにでも近づこうと動きかけ、それからとあることを思い出して彼女はその案を一蹴した。というか。

「ヨル。」

 名を呼ぶと、彼は彼女の肩でピクリと尻尾を揺らした。

「もし今度よそさまに迷惑をかけるようなことがあったら、その自慢の毛皮を白地の水玉模様に変えてあげるから、覚悟しなさいよ」

 低い声に仔猫は耳をそよがせるが、瞳が挙動不審に揺れているところを見るとこちらの本気は察したようだ。
 弱々しく鳴く声に、よろしいと彼女は頷く。
 本当なら、特にハーマイオニーを始めとする『彼ら』には近づくなと言いたいところだったが、いかんせん彼は彼らを知らない。
 知らないものに近づくなというのも、さすがに無理があるからそこまでは言えなかったが、代わりにあとでしっかり近づいてはいけない人間を教え込まなければと心の中で決意した。

「って言ってる傍から…」

 ふいに緊張から身を硬くした黒猫に、その飼い主は眉根を寄せる。
 ふしーと、威嚇音まであげるので不審に思って彼の視線を追い、その瞬間彼女はその自分の行動を心底から後悔した。

「みたい、じゃなくて、そのものだったわけね」

 呆然と呟く彼女の視線の先、生徒たちの波の合間から除いたひょろっとした少年の後ろ頭とその荷物。
 正確にはその中の鳥篭の中身に、黒猫ヨルは毛まで逆立て威嚇している。
 それに気付いたのかどうかは知らないが、篭の中の白梟はこちらを嘲るように羽を伸ばした。

 あの梟があの『ヘドウィグ』であることはどう考えても間違いなかった。






















 【あとがき】 H18.11.26
  そんなわけで、ハリーより先にハーマイオニーと出会ってしまいました(汗)。
  一応、次は出会います。ヒロインは嫌がるでしょうけどねー(だってさっさと戻る気満々)



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