『ふむ。きみがダンブルドアの言っていた迷い子か…はてさて、どうしたものかな』

 どうしたものかなって。そんなに難しい?

『ああ難しいな、超難題だ。きみは自分が頭の良いという自覚くらいはあるんだろう?』

 そういうことふつう訊くの、本人に? …まあね、悪くは無いと思うわよ。あちらの経験から言ってもね。

『そうだろう、そうだろう。そして才能もある。知識への意欲も強いが…』

 そりゃ、帰れるかどうかの瀬戸際だもの。

『しかし何よりどんなことにも立ち向かう覚悟、それから勇気に満ちておる』

 …もしかしてグリフィンドールとか言わないよね? 
 私できればハップルパフかレイブンクローがいいんだけども。
 むしろその二つのどっちかにして欲しい、っていうかしなさい。

『ただ目的をかなえるためには多少手段は選ばん狡猾さも、あるようだ。うーん』

 いや、だからハップルパフかレイブン…――

『グリフィンドールかはたまたスリザリンか、さてどちらにしたものか』

 ………………。

『ところで、参考までに。きみはどちらがいいか希望はあるかね』

 貴方ってちょっとだけダンブルドアに似てるわ。そういう人の意見を聞かないところとか。

 心の中で溜息をつきつつ、そう帽子に告げてから。
 うっすらと目を開けると、生徒たちの興味津々な視線がに注がれている。
 はっきり言ってかなり居心地は最悪だ。
 まあ、時間が掛かり過ぎているから興味を覚えるのも仕方ないことだろうけれども。
 思いながら再び瞼を閉じた彼女は、帽子に己の希望を告げる。
 その希望が九割がたの確率で自分の組み分けに反映されるだろうことは、誰に言われるまでもなかった。



 第四章 『組み分け帽子の決定』



 ぶすりとした顔を隠しもせずに、はグリフィンドールの机に向う。
 どっちがどうというより、どうせ危険に巻き込まれる可能性が高いのなら、危険物は見える範囲に在った方がマシだろうと判断したのだ。
 それにまあ、こちらの方が思想的にあっているのも確かな話である。
 あちらだとどうも純血云々の話はどう通っても避けられないであろうし、血縁云々の話はまかり間違っても口にしたくはない。
 そこまで考え、不覚にも浮んだ『血縁者』の後姿に彼女は無意識に表情を消した。
 記憶から抹消したはずだったのに。

! こっちよ」
「…ハーマイオニー?」
「よかった、これで私たち一緒の寮ね! よろしく」

 いつからそんなに自分と彼女は仲が良いことになったのだろうと首を傾げかけて、一瞬の後に答えが出る。
 蛙の一件以外にいつ彼女と接点があったのか。
 声をかけられた以上、隣りに座らないのは不自然だから仕方なくは彼女の横に腰を下ろした。

「ああ、うん。どうぞよろしくね」

 本当はレイブンクローかハップルパフが良かったという本音は、面倒だったので仕舞い込んだ。
 レイブンクローはともかく、ハップルパフと言う選択には、どうせハーマイオニーは呆れるか理解しがたいという表情を浮かべるに違いない。
 お互い不愉快になるのは戴けないし、何よりこれ以上この席で目立ちたくはない。

「寮が決まるまで、随分長かったけど何かあったの?」

 全員とは言わないまでも、席の近い数人の視線が自分にあつまる位にはその事実は興味を引いているらしい。

「あー。なんかスリザリンと迷ってたっぽい。で、こことどっちがいいって聞くから、こっちって答えといた」

 スリザリンと聞いてハーマイオニーが血相を変えた。

「スリザリン!? あんな連中のところに行くところだったの! 危なかったわね、

 まさか、ここに来るのもあっちと同じくらい嫌でしたとはとても言えない。
 こそこそと雑談を交しながら、これ以上この子と親しくならないにはどうしたものだろうと考えていると、ふいに広間に沈黙が落ちる。


「ポッター・ハリー」


 その名に、ざわざわとざわめきが広がるのを他人事のように(実際そうなのだが)観察していると、ハーマイオニ―がポツリと横で呟いた。

「どこの寮になるのかしら。やっぱり、グリフィンドール?」

 そうだったらいいのにという表情を横目に、は投げやりに言葉を投げた。

「そればっかりはあの帽子にしか分からないことだと思うわ」
――唯一の例外は、この世界を物語として知っているだけだ。



   *   *   * 



 グリフィンドールの一年生がパーシーに続いて、ぞろぞろと大理石の階段やタペストリーの裏を通り抜ける中、ハリーは少々危なげな足取りでその後に続いていた。
 満腹のせいでもあれば、疲れのせいでもある。
 それに何より、寮までの道のりが思っていたよりずっと長い。

(あとどれくらいかかるんだろ)

 思ったとたん、隊列の歩みが止まった。
 反射的にハリーも急停止したが、彼の後ろの人間は他のことに気をとられていたようだ。

「わ、のいて!?」
「え!?」

 突然の悲鳴に振り向くが、結局、衝突してきた背後の人物もろともバランスを崩し、ハリーは尻餅をついてしまった。

「あたー。ごめん、前見てなかったの……大丈夫? 怪我してない?」

 体制的に、ハリーの上に倒れた形になった少女が、痛そうに床についた手を振りながら、彼を見上げる。
 その瞳は印象的な琥珀色。対照的な漆黒の長い髪は、ハリーと同じ色であるにも関わらず羨むほどさらさらで、彼の肌をくすぐった。

「…うん、僕は平気。君の方こそ大丈夫?」

 少女の顔に見覚えがあった。
 帽子の査定にかなり時間が掛かっていたので、よく覚えていたのだ。
 予想外に近かった顔に、どこか焦りつつ聞くと少女は彼を見上げたまま、何故か固まっていた。
 まるで、肉食動物に見つかってしまった草食動物のように。
 何なんだ?
 そう問う間もなく、周囲で悲鳴が上がった。
 それととも矢のように降って来る杖を見て、更に困惑は強くなる。

(パーシーが止まったのもこの所為?)

 思ったその時、少女が腰を上げてハリーの手を掴んで立たせながら、小さく呟く。
 その呟きは周りの喧騒にまぎれてしまいそうなほどだったから、きっと彼女は誰に聞かそうと思ったわけでもないのだろう。

「…ピーブズか」

 忌々しそうな声に重なるように、パーシーの声がした。

「ポルターガイストのピーブズだよ」

 その言葉に、ハリーはぱちぱちと瞬いた。どうみたって隣りの少女は、彼と同じ新一年生だ。

 なのにどうして彼女は、この騒動の原因がわかったのだろう。

「ピーブズ、姿を見せろ!」
 
 大声と共に風船から空気が抜けるような、大きい無作法な音がして、ハリーは我に帰った。
 パーシーが威すように更に言い募ると、ポンと音がして、暗い目と大きな口の小男が現れる。
 尊大な態度のポルターガイストは、勇敢な監督生と困惑する新入生一同をからかって遊んでいたが、やがて何かに気付いたかのように視線をハリーに向けた。
 いや。正確に言えば、ハリーの隣りに。

「ピーブズ、行ってしまえっ。男爵に言いつけるぞ!」

 パーシーの怒声も気にせず、ピーブズは無遠慮に少女に近づいてくる。
 が、彼女は顔色一つ変えず無表情にそれを見ていた。ハリーは一瞬自分が割って入るべきかと思案したが、甲高い声がその考えを遮った。

「やーやー! 校長のお気に入りがこーんなところに! いーのか、いーのか? かーわいい一年生ちゃんに混じってて?」

 至近距離の挑発。
 それでも彼女は眉一つ動かさなかった。
 どうしてピーブズが新入生の彼女を知っているのか。
 校長のお気に入りとはどう意味なのか。
 周囲の生徒たちが興味深々で見守る中。


「それどころじゃないはずだろー? なんせお前は――」


 意気揚揚と喋っていたピーブズがふいに言葉を止める。 
 視線の先で少女が、にっこりと笑みを作っていた。

「――ピーブズ?」

 笑みとは対照的に、絶対零度の冷ややかな声。

「………」
「どうしたの。『なんせ』私は何なのかな? ほら、みんな気になってるじゃない。早く言ってみて」

 朗らかな彼女の言葉。
 瞳が殺気に満ちていなければ、友好的な言葉と取ることもできたかもしれない。

「ル、? 落着け…?」
「うん? 私は充分落着いてるよー? だからね、ピーブズ」

 これ以上墓穴を掘りたくなかったら、とと呼ばれた彼女はふふふと笑って言った。

「―――今すぐ失せろ」

 低い声に、鋭い視線に射られたかのように小男の姿が霞のごとく消えうせる。
 しんと静まり返った同寮の級友と寮監生を見渡して、彼女は不愉快そうに顔を顰めた。
 半ば呆然としているパーシーに、彼女は仏頂面で寮へ行かないのかと促す。
 ややあって我に帰ったパーシーが新入生に声をかけ歩きだした。
 ハリーもそれに付いて歩き始めたが…――。
 やはり気になって隣りを盗み見ると、かなり不機嫌そうに、だがどこか寂しそうに顔を伏せる少女の横顔があった。



  *  *  *



 ちくちくとささる視線に、は一つ溜息。
 悪目立ちすることになった元凶への報復はとりあえず決定事項となったが、

「ま、結果オーライだったかもね」

 これでうかつに自分に近寄ろうと思う人間はいないだろう。
 ハリーの視線から逃れるように、彼女は女子寮へと足を向けた。

――お願いだから、誰も私に近づいてこないで。



  *  *  *



 女の子は女子寮に続くドアから、男の子は男子寮に続くドアからそれぞれの部屋に入っていく。
 意を決してハリーがに声をかけようと顔を上げたときには、すでに彼女の後姿は女の子たちの群れの中に紛れ込んだ後だった。
 いったい彼女に何を言おうとしたのか。
 自分ですら首を傾げながら螺旋階段を上る。
 塔の天辺に辿り着くとようやくベッドが見つかり、ハリーはパジャマに着替えてそこへ潜り込んだ。
 自分と同じ新入生にしては、落ち着いた物腰の少女だった。
 眼差しは強い意志を宿し、その声は低すぎるわけでも高すぎるわけでもないのによく耳に通る。
 ピーブズに向けられた殺気が、仮に自分に向けられていたらと思うだけで背筋が涼しくなるほどに、彼女の迫力は圧倒的だった。
 階段を上る途中、生徒の誰もが彼女に対する疑問と、決して変に刺激してはならないという結論を囁き合っていたのだから、かなりのものだろう。
 あれはもしかしたら、何人か殺してるかもな。
 そんな悪質なジョークが出る程度には、彼女の殺気は本物だったから、それは仕方のないことなのかもしれなかった。

『あたー。ごめん、前見てなかったの……大丈夫? 怪我してない?』

 けれど、ハリーは知っている。
 ベッドの中でまどろみながら、脳裏を掠めるのはほんの十分ほど前の出来事。
 彼女が考え事をしながら歩いて人にぶつかるようなおっちょこちょいで。
 自分に非があれば素直に謝罪を口にして、自分の怪我より相手の方を心配するような、いたって普通の少女であることを、ハリーだけは知っていた。
 だから。
 彼女の素性が気にならないわけじゃない。
 ピーブズが言おうとしていた言葉の先が気にならないわけじゃない。

(だけど……ほんとうに、みんなが言ってるような、怖い子なのかな?)

 とてもそうとは思えなかった。

「すごいごちそうだったね」

 カーテン越しにロンに話しかけられて、ハリーははっと我に返った。
 ああともうんともつかない返事を返すと、聞いているのかいないのかロンはスキャバーズに悪態をつきながらごそごそとベッドの中で格闘していた。
 言われてみればお腹は今も満腹で、これはやはり食べ過ぎたなと思う。
 そういえばロンは糖蜜パイを食べたのだろうか。
 聞いてみようか、どうしようかと悩んでいるうちに、ハリーは眠りに落ちていた。かなり気を張っていたから、疲れていたようだ。
 食べ過ぎの所為で見た、ターバンとクィレル、ドラコとスネイプといういろんな意味で最低な取り合わせの悪夢に一度目を覚ましたものの、寝返りを打って再び眠りに落ちる。

 夢の中、次いで見たのは寂しそうな少女の横顔だったが、翌朝目を覚ましたハリーはそのどちらも覚えていなかった。



















  【あとがき】 H18.12.11
   というわけでハリー登場です。そしてストックも終了(泣)
   五話目はスネイプのところまでしか書けてないんで、そのあとオリジナルの話を入れるかどうか迷っているところ。
   つまり、続きはいつ?な状態です。
   一応、目指せハリー夢なんですが…、とりあえず一年生二年生の間はきっと色恋沙汰は無いと思う。
   因みに管理人はドラコは嫌いですがスネイプはちょっと気に入ってたりします。
   ああ早く、秘密の部屋篇を書きたい(先は長いね)!



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